「金髪=頭悪い」のイメージ払拭したJ・マンスフィールド

1月11日(木)16時0分 NEWSポストセブン

IQ163、5か国語を話したジェーン・マンスフィールド(AFLO)

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 今から60年以上前、銀幕を通じて輸入されたグラマラスでエロティックな欧米の金髪(=パツキン)女優に日本の男たちは魅了された。1950年代、フランスのブリジット・バルドー、イタリアのジーナ・ロロブリジーダ、そしてアメリカのマリリン・モンローが人気を博していた。


 同時期、115cmの爆乳で男を虜にしたのがジェーン・マンスフィールドだった。パーティでソフィア・ローレンに「どちらのバストが大きいかしら」と話し掛けるなど、ユーモアのセンスもあわせ持っていた。


 一方、コロムビア映画はモンローに対抗するためグラマーなキム・ノヴァクに目をつけ、ライトブラウンの髪を金色に染めさせた。その後、1958年の『めまい』で主人公を翻弄する謎の女性を演じ、“ミステリアス・キム”の異名で一世を風靡した。


「当時、『金髪=頭が悪い』というイメージが定着していました。でも、マンスフィールドのIQは163といわれ、『007シリーズ』の初代ボンドガールであるウルスラ・アンドレスも4か国語を操るマルチリンガルでした」(映画評論家・秋本鉄次氏)


 1962年にモンローが謎の死を遂げた後、1960年代後半からは金髪への根強い偏見は影をひそめた。


「きっかけはジェーン・フォンダ主演の『バーバレラ』(1968年)でした。敵に捕獲され淫乱マシーンで攻撃されるのですが、フォンダの性欲が強過ぎて機械が壊れてしまうという過激なストーリーでした(笑い)。この頃から強いパツキン女優像が生まれていきました」(秋本氏)


『007』シーズのボンドガールも1962年の開始当初は単なるベッドシーン要員だったが、徐々に自立した役柄が増え、スターパツキンが誕生していく。


「キム・ベイシンガーは『ネバーセイ・ネバーアゲイン』(1983年)のボンドガール役で頭角を現わし、『ナインハーフ』(1986年)での妖艶な演技で自他ともに認めるセックスシンボルになった。その後、『L.A.コンフィデンシャル』(1997年)でアカデミー助演女優賞に輝くなど、着実に階段をのぼった。私は“キム観音様、ベイシンガー菩薩様”と呼んで崇拝しています(笑い)」(秋本氏)


【ジェーン・マンスフィールド】

 1933年生まれ。B115・W53・H90という肉体を持つ元祖ピンナップ・ガール。IQ163、5か国語を話す頭脳明晰な一面をあわせ持つ。ベトナム戦争時、彼女の写真をお守り代わりに持つ米兵が後を絶たなかった。1967年、自動車事故で不慮の死を遂げる。


【キム・ノヴァク】

 1933年生まれ。1954年『殺人者はバッヂをつけていた』でギャングの情婦を演じて話題をさらうと、1955年『ピクニック』、1957年『夜の豹』、1958年『めまい』と立て続けにヒット作に出演。透明感のある神秘的な存在感でファンを魅了したが、1991年に引退した。


【キム・ベイシンガー】

 1953年生まれ。16歳で地元ジョージア州のミスコン代表になり、女優業への道を切り拓く。1983年にボンドガールに抜擢された後、32歳の1986年に『ナインハーフ』での艶かしい演技で世界中の男を虜に。1997年には『L.A.コンフィデンシャル』でアカデミー助演女優賞に輝いた。


※週刊ポスト2018年1月12・19日号

NEWSポストセブン

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