久米宏が語る『ニュースステーション』と日本新党

1月11日(木)7時0分 NEWSポストセブン

ニュースステーションが政界に与えた影響は?

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 テレビが政治を動かし、時代を動かす──そんな番組は、『ニュースステーション』(テレビ朝日系)以降ない。なぜそれほどの影響力を持ち得たのか、今のテレビとは何が違うのか。初の自伝『久米宏です。ニュースステーションはザ・ベストテンだった』を刊行した久米宏氏が、自身の半生を振り返りながら、「テレビ論」を語った。


 * * *

 僕は、口では反権力だ反自民だって言っていますけど、『ニュースステーション』に出てきた人たちに損はさせない、視聴者から「この人は素敵な人だ!」と思ってもらえるようにしたいというサービス精神がどこかにあるんですよね。だから、葛藤はありました。


 たとえば自民党の国会議員が番組のゲストにやってきて、めちゃくちゃな発言をして僕と大ゲンカになったとしても、その人の魅力や人間性が視聴者に伝わってほしいんです。それはもう本能的なものですね。


 僕がショックを受けたのは橋本龍太郎さん。控え室に挨拶に行くと、ヘビースモーカーの橋龍さんがパイプに煙草をさして吸っていて、僕の方をジロリと見て「ああ、これが久米宏か」と珍獣を見るような感じで言った。


 生で見る宿敵って感じ。ある意味、認められていたからだろうとは思いますけど。政治をお茶の間に、お茶の間という言葉はもう死語ですけど、政治を、視聴者にとって身近なものにしようという意識は明確にありました。


 こちらから近づいたわけですから、政治家に利用されるのはある意味で当然でしょう。そのことを一番感じたのは日本新党の時です。


 細川護熙さんが『月刊文藝春秋』にお書きになった論文(「『自由社会連合』結党宣言」1992年6月号)がとても面白くて、すぐに番組のゲストに出ていただきました。視聴率も凄く良かった。まだ日本新党という言葉はない時期です。


 以後、妙なパイプができて、大げさに言うと『ニュースステーション』が日本新党を作ったみたいになってしまった。


 1993年7月の衆議院総選挙では、僕が名前も知らない人が当選したほど日本新党の人気が爆発して、結局55年体制の崩壊につながった。小池百合子さんもその時に衆院初当選したわけですが、あの時はさすがに深入りし過ぎたというか、これはマズいことになったと思いました。


 細川さんは外国に行って、マフラーを巻いた写真を撮ったり、記者会見でボールペンで記者を指名したり、明らかにテレビ映りを気にするようになった。自民党では選挙前に田中真紀子さんがよく出てくれました。細川護煕さんと、田中真紀子さん、そして小泉純一郎さんは、テレビに出ることの意味を本当によくわかっている。『ニュースステーション』も深く研究していたはずです。


■聞き手/柳澤健(ノンフィクションライター)


※週刊ポスト2018年1月12・19日号

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