安田浩一氏 在特会の設立経緯と「成長」過程について解説

1月12日(月)16時0分 NEWSポストセブン

 活動初期から「在日特権を許さない市民の会」(在特会)を追い続け、言動の危うさを伝えていたのがジャーナリスト・安田浩一氏だ。ヘイトスピーチ批判の高まりとともに一般に認知されるようになった同会の歴史について、安田氏が解説する。


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 在特会が結成されたのは2006年末のことである。設立者であり、長きに渡って同会を率いてきたのが、桜井誠元会長だ。


 桜井氏は1972年、福岡県で生まれている。私は地元で少年時代の桜井氏を知る人々を取材したが、誰もが「地味で目立たない存在だった」と口をそろえた。


 桜井氏が上京したのは、高校を卒業してしばらく経ってからのことだ。下町のアパートに居を構え、警備員や区役所の臨時職員などを務めながら暮らしていた。その頃から彼は、ネット上に「嫌韓」「反中」のメッセージを書き込むネット右翼としての活動を始める。


 桜井氏がネット右翼の理論家などとして持ち上げられるようになったのは2003年ごろだ。韓国のネット企業が運営する「日韓翻訳掲示板」を主戦場に、領土問題や歴史認識をめぐって韓国人ユーザーと論戦を繰り返していた。


 ネット上の右派論客として彼を慕う者も増えていくなか、ついに桜井氏は主戦場をネットの外に求めるようになる。


 2006年末、桜井氏を会長に担ぎ上げ、取り巻きのネット右翼が集まって結成されたのが在特会であった。


 その後の“成長”には目を見張るものがある。設立当時わずか500名だった会員は現在、1万5000人にまで増えた。いまも全国各地で毎週末、主に在日コリアンを標的とした差別デモを繰り返している。


 会員は中学生から年金生活者まで、年齢も属性も様々だが、概ね共通しているのは、ネットによって「日本の危機を発見」した者たちということだ。会員の多くは社会の矛盾を紐解くカギとして「韓国」や「在日」を位置づけている。


 古くから日本社会が抱えている在日コリアンへの差別と偏見に加え、ネットによって「敵に奪われつつある日本」を「知った」。いわば捻じ曲がった被害者感情をドライブとして、運動を盛り立ててきたのである。


 他者の存在を否定するかのようなヘイトスピーチも在特会にとっては「抵抗の言葉」に過ぎない。その身勝手な論理は、同時に「主張の分かりやすさ」として受け入れられ、組織の拡大を促してきた。


※SAPIO2015年2月号

NEWSポストセブン

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