故加藤武さん 「芝居しないで芝居する」が永遠のテーマです

1月13日(水)16時0分 NEWSポストセブン

 日本の映画史を彩ってきた名優が、2015年に何人も亡くなった。そのうちの一人、文学座の舞台で役者デビューし、黒澤明監督作品や市川崑監督作品など多くの映画にも出演したのが故加藤武さんだ。加藤さんが生前語った言葉を、映画史・時代劇研究家の春日太一氏がつづった週刊ポスト連載『役者は言葉でできている』からお届けする。(文中敬称略)


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 2015年も多くの名優がこの世を去った。加藤武もその一人(享年86)。以前に本連載にもご登場いただいており、追悼の想いを込めて、この名優の言葉を改めて振り返りたい。


 加藤は80歳を大きく超えてもなお、文学座の代表として、亡くなる直前まで現役の役者として舞台に立ち続けていた。自分より年上の役者と共演する機会もなくなった。そうした中でいかに自らを律するのか。心構えについても、聞いている。


「一番上になっちゃうと、誰も何も言ってくれない。怒る人がいないんだよ。だからといってイイ気になっちゃダメ。自分で『こんな芝居ではダメだ』という意識を絶えず持っていないと、俺はもうそこでストップする。


 実は、怒ってくれる人は一人だけいますよ。文楽の竹本住大夫師匠。この人の浄瑠璃をちゃんと聞いていると、自分が怒られている気になってくる。浄瑠璃と芝居は違うけど、根は同じなんだ。だから、『芝居だったら、今まではこうしてきたけど、本当はこういう風にやらなきゃいけないんだ』って教えてくれる。


 住大夫師匠が杉村春子さんの芝居を観ていみじくも言っていました。『あの人は芝居をせんと芝居してはりまんな』と。名人が名人を賞した言葉で、ずしっと来た。『芝居しないで芝居する』って、俺はとても出来ないけど、永遠のテーマですよ」


 加藤は80歳近くなっても大河ドラマ『風林火山』で猛々しい武将の役を演じたり、晩年になっても劇場の隅々まで地声を響き渡らせたりと、その肉体は衰えを知らないように思えた。


「俳優ってアスリートだと思います。若い人も一緒に、一万メートル走を一斉に『よーいどん』というのが芝居なんです。途中で息切れちゃったら、どんどん追い越される。で、誰が一着か二着かはお客さんが判定するんだ。だから、経歴も年数も関係ない。重鎮とか言われるとゾッとする。そういうのを鼻にかけるようになったらお終いです。


 セリフもちゃんと喋れなきゃね。舞台だとセリフを覚えて喋るので精一杯で、どうしても硬くなる。柔軟でないのよ。柔軟だと説得力が出てくる。そうなるまで、相当に台本を読み込まないとね。若い頃は二、三日で覚えられたセリフが今は一か月かかります。でも、そのお陰で気づいたことがあります。

 

 それは、時間をかけて覚えたらセリフが自分の言葉になって、自由に手とかも使えて、説得力が出てくる、ということ。普段の言葉って身振り手振りも交えながら喋っているからね。そうやってセリフを上手く喋る役者が舞台にいると、芝居は面白くなる。


 そのためには、普段からとにかく体を動かすことは心がけています。若い頃、時代劇に初めて出るようになって、とても苦労した。新劇の俳優って理屈ばっかり言って機敏な動きというのが不得手だから。


 今でもスポーツクラブに行ってエアロビクスをやっています。上級コースで体をぶん回されて圧迫骨折したこともあったけど、今はもうなんでもない。ずっと芝居を続けていたいからね」


■春日太一(かすが・たいち)/1977年、東京都生まれ。主な著書に『天才 勝新太郎』(文藝春秋)、『なぜ時代劇は滅びるのか』『市川崑と「犬上家の一族」』(ともに新潮社)など。本連載をまとめた『役者は一日にしてならず』(小学館)が発売中。


※週刊ポスト2016年1月15・22日号

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