市原悦子さん死去82歳 「家政婦は見た」「まんが日本昔ばなし」

1月14日(月)13時59分 J-CASTニュース

市原悦子さん(画像は所属事務所「ワンダー・プロダクション」ウェブサイトより)

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「家政婦が見た」や「まんが日本昔ばなし」で人気を集めた演技派女優の市原悦子(いちはら・えつこ)さんが2019年1月12日、心不全のため死去した。82歳だった。


2016年末から体調を崩し休業、療養を続けていた。



「火曜サスペンス劇場」は常連



1936年生まれ。千葉市出身。千葉高校を卒業後、俳優座養成所へ進んだ。57年、俳優座に入り、63年「三文オペラ」で新劇演劇賞、64年「ハムレット」でゴールデン・アロー賞新人賞を受賞し、新劇女優として地歩を固める。


71年に俳優座退団後は、活躍の場をいちだんと広げた。75年にスタートした「まんが日本昔ばなし」の声役は特に好評で約20年続いた。すべての登場人物の声色を常田富士男さんと2人で自在に操り、最高視聴率は30パーセントを突破した。


83年から始まった「家政婦は見た!」も大ヒット。約25年間も主役を続け、最大の当たり役となった。ギャラクシー賞など放送関係のいくつもの賞を受賞した。


「燃えつきた地図」「青春の殺人者」「八つ墓村」など多数の映画にも出演し、90年、「黒い雨」の演技で日本アカデミー賞最優秀助演女優賞を受賞した。


テレビでは「弁護士高見沢響子」「おばさんデカ 桜乙女の事件帖」などの2時間ドラマの主役のほか、「火曜サスペンス劇場」などの常連で、多くのドラマをこなし、庶民的なキャラクターと卓越した演技力でお茶の間に親しまれた。CMやナレーションの仕事も多かった。


夫の舞台演出家、塩見哲さんは2014年に亡くなっている。



「心に残る演技」ができる「いい役者」



子供のころはおてんば。木登りなどが得意で、声がよく通った。中学、高校時代は演劇部。高倍率を突破して俳優座演劇研究所に入り、3年間、徹底的にしごかれた。俳優座の団員として多くの舞台を経験し、稽古に明け暮れたことで演技派としての実力を磨いた。


強烈な思い出は、研究所員だったころ、大先輩で憧れの二枚目大スター森雅之さんに声をかけられたこと。「キミ、どこの出身」「千葉です」「千葉の顔だね」と言われ、崩れ落ちるようなショックを受けたが、逆に劣等感をバネに、「心に残る演技」ができる「いい役者」を目指したと、著書『ひとりごと』(春秋社)で振り返っている。


「朗読」には特に力を入れ、30年以上続けた。野坂昭如さんの『戦争童話集』や、知的障害がある主人公と村人との戦争中の交流を描いた森はなさんの『じろはったん』など、一人芝居のような迫力で聴衆を圧倒した。地方公演でも1500人の会場を満席にする人気だった。


「私の朗読は、死とか戦争とか暗い話が多いといわれるけれど、私自身の現在は、戦争を抜きにしては語れない」(著書『ひとりごと』より)

11年、福島第一原発事故に関連して「原発ゼロをめざす7.2緊急行動」呼びかけ人を務めた。14年には集団的自衛権に関連した朝日新聞のインタビューに登場、「『自衛』とか『戦争の抑止力』とか信じられない」と、戦中派としての「非戦」の思いを語っていた。


16年11月から体調不良で入院、17年1月13日、事務所が「自己免疫性脊髄炎の加療のため休業」を発表していた。

J-CASTニュース

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