ASKAが9万5千字ブログに綴った「飯島愛」「盗聴・盗撮」

1月14日(木)16時0分 NEWSポストセブン

すぐに削除されたブログには衝撃の手記が…

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《みなさん、お久しぶりです。ASKAです》。そんな書き出しから“自叙伝”は始まった──。1月9日、歌手のASKA(57才)がインターネット上で手記を公開した。


《私には何があったのか、どうしてそうなったかをお伝えしようと思いました(中略)間違った行いをしてしまったことを認め、人生を悔い改め、その上で皆さんの前に立とうと決心をいたしました》(以下、《》内は手記より引用)


 2014年9月に覚せい剤取締法違反で有罪判決を受けてから、沈黙を貫いてきたASKA。


《ゾクっとして髪の毛が逆立つのが分かった(中略)視界がキラキラして目が冴えている。私はアイテムを得たように強気になった》


 初めて覚せい剤を使用したときの生々しい印象から逮捕の瞬間、愛人女性への想いまで手記は全20章、9万5000字に及んだ。


「ASKA本人がどうしても世の中に公開したいと書きためていたものです。本として出版したいという思いもあったようですが、断念。ネットでの公開に踏み切りました。でも公開から6〜7時間後には削除されてしまったのです。内容が衝撃的だったため、周囲の反対が大きかったようですが…」(芸能関係者)


 特に話題となったのは丸々1章費やした飯島愛さん(享年36)との関係だった。


「『週刊文春』でASKAさんと飯島さんは交際とともに、一緒に麻薬を使用しセックスしていたと報じられたことがあります。それだけに彼女についてわざわざ言及していることに驚きました」(スポーツ紙記者)


 ASKAは彼女を「愛ちん」と呼び、1999年の出会いから、2008年12月に飯島が自宅で変死する直前まで連絡を取り合っていたことを明かした。


《彼女の死はあまりにも突然だった。本当に「イイヤツ」だった。大好きな友人だった(中略)未だに、突然真夜中に電話がかかってくるような気がしてならない。「ゴメーン。実は死んでないのぉ。隠れちゃったー。」なんてことを言って来そうだ。もし、そうだとしたら怒らないから電話して来なね》


 一方で、ASKAは飯島が亡くなる前年の2007年夏頃から、彼女の異変を感じ取っていた。


《珍しく昼間から電話をかけてきたので覚えている。声がいつもの飯島じゃない。「どうしよう。私盗聴されてる。」》


 相談を受けたASKAは、知り合いの刑事とともに飯島の自宅を訪れ、盗聴器や隠しカメラの捜索まで行ったという。そして、ASKA自身も盗聴・盗撮被害に悩まされていたと告白は続く。


《ネットサーフィンをしていたら、気になるページがあった。私が、その日に電話で喋ったことや、行動に酷似したことが、克明に書かれているのだ》

《火災報知器が盗撮器になっていることも珍しくない。目覚まし時計、ボールペン、コンセント、計算機、インターホンなどあらゆるものを疑った》


“監視されているかもしれない“という過度なストレスはASKAの心身を疲弊させていった。2010年頃から、ASKAは覚せい剤を常習するようになった。


 2014年5月17日朝7時半、東京・南青山の路上で警官から任意同行を求められたASKA。直前まで彼がいたのは、ともに覚せい剤を使用していた愛人・A子(38才)の自宅マンションだった。逮捕されたA子には昨年7月、懲役2年、執行猶予3年の有罪判決が下されたが、ASKAは今なお、A子が無実であると主張する。


《私は、今回何の罪もないひとりの女性を巻き込み、犯罪者にしてしまいました(中略)あの事件が冤罪であることを、少しでも多くの方たちに知ってもらい、彼女の未来のお手伝いをしなくてはならない責任と立場に立っています》


 そう綴り、A子とのメールのやりとりを公開した。


《A子(※実際のブログには個人名が記されている)のためになることならば、証人でもなんでもやる》

《すべて、オレがやったことなのに何でA子が罪を問われちゃうんだろう…。神様は一番大事なところを見てないんだな》

《少しでも役に立てたら幸せです》


 そこには、A子への思慕ともいえる言葉が並んでいた。


「愛人への想いを強く語る一方で、今も一緒に生活を送る妻・洋子さんや2人の子供たちへの謝罪の言葉は、この手記には一切書かれていないんです。そこが何とも不可解で…。彼に反省の気持ちはあるんでしょうか」(前出・スポーツ紙記者)


※女性セブン2016年1月28日号

NEWSポストセブン

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