肥大する若年層の「死にたい」願望 政府のSNS対策では不充分だ

1月14日(日)7時0分 NEWSポストセブン

SNSで「死にたい」とつぶやく若年層は多い

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 自殺対策基本法が公布、施行されてから10年以上が経つ。年間3万人を超えていた自殺者数は減ったが、女性や若者の死因上位にはいまも自殺がある。スマホやSNSの普及によってコミュニケーションのとりかたが急速に変わりつつあるいま、自殺願望だけでなく、死にたいと考えてしまう希死念慮を持つ人たちを、どのように生きることへ自然に繋げられるのか。ライターの森鷹久氏が当事者との対話から考えた。


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 2017年12月、政府は神奈川・座間市のアパートで男女9名の遺体が見つかった事件を受け「再発防止策」をまとめた。事件は、SNSで自殺を仄めかす投稿から始まっていたことから、警察当局が投稿者本人を特定するなどの自殺を未然に防ぐ、そそのかす書き込みなどの削除徹底に向けたパトロール強化などが盛り込まれている。しかし、果たしてこれが、本質を得たものだと言えるのか。


「悪く言えば“監視”、よく言えば……いや、何か良いことってあるんでしょうか?」


 座間の事件で逮捕された容疑者と、SNS上でやりとりした経験がある、関西地方に在住の女子大生・リコさん(仮名・20代)は、政府や当局が示す「対策」に疑問を呈する。「死にたい」「自殺したい」とつぶやくたびに見知らぬ人からの接触があると、SNSでも本音をつぶやけない雰囲気が強くなるというのだ。そして、SNS上で自殺を仄めかすユーザー達は居場所をなくし、彼ら、彼女たちがより見えづらくなるのではないか。そう考えているのだ。


 実は筆者も、座間事件の発生時にネット上で「自殺希望」とつぶやいていた複数のユーザーに対して行った聞き取りで、同じような「見解」、さらにはあまり明るくない「展望」を聞いていた。


 そもそも、座間事件の容疑者自身が供述していた通り、殺害された被害者はもちろん、ネット上で「死にたい」とつぶやいている人々は、本当に今すぐに死にたい、消えてなくなりたいと思っているわけではない、という事実がある。「死にたい」というつぶやきは、思いの吐露であり、痛みや辛さを少しでも解消することであり、同じ仲間を見つけることであり、自己の「生」そのものを確認することでもあった。


 彼女たちは具体的な問題があって死にたいと考える「自殺願望」というよりも、漠然と死を願う「希死念慮」にとらわれていたのだろう。


「かまってちゃん、面倒で気持ち悪い人間とか……。事件の後、SNSを通じて嫌がらせのようなメッセージがたくさん送られてきました。中には、会って肉体関係を結ぼうとしているような人もいた。最初は我慢していましたが、監視までされるようになるなら……アカウントを閉じました。辛くても寂しくても、それを吐露する場所がなくなってしまったんです」(リコさん)


 ここからが、死にたいとつぶやく当事者のリコさんが考える、「展望」部分だ。


 SNSで「死にたい」とつぶやくとすぐに警察や運営からの連絡がくるようになれば、同じ思いを持たない人たちからの目を気にする「死にたい」などと呟くユーザーらは、表に見える部分で目立たないように振る舞い始める。その結果、ダイレクトメールで知り合った人物などと、第三者から見えない部分で「死にたい」ことについてやりとりを始めるようになる。


 残念なことだが、こういった親密で閉鎖された集まりにも、死にたいと呟く人々を狙う悪意を持った人物が加わろうと画策する。そして、彼らは実に巧妙に、仲間のふりをして潜り込む。そして「死にたい」とつぶやくユーザーたちから金銭詐取や性的搾取、ひどい場合は命を奪うことそのものを企み、実行する可能性がある。


 現に、リコさんの以前のつぶやきをチェックしていた、もしくはネット上に残るキャッシュなどで見た第三者のうちの複数は、猥褻なメッセージを送ってきたり、執拗に会うことを要求し続けたりしている。


 こうやって、SNSの片隅でこっそり気持ちを吐き出していた弱い立場にある人々は、事件をきっかけに明るみに出されたことに戸惑い、恐怖すら感じている。そして、さらに見つかりづらい場所へと移動した。結果、本当なら保護されるべき弱者そのものが世間から見えにくくなり、危険により近いところに追いやられてしまったような格好になった。


 さらに別の「弊害」も生まれつつある。自殺防止の為に活動するNPO法人の関係者は、政府や当局の掲げた取り組みでは、現状を好転させるには不十分だと話す。


「当NPOでは、悩みを持った人や自殺志願者向けの電話相談をやっていますが、すでに人も電話回線も足りない状況です。事件をきっかけに、私たちのような機関がある、とマスコミが取り上げてくれたことには感謝していますが、どの機関もパンク状態で救済機関として回らなくなりつつあるのも本音です。私たちには話を聞くことしかできませんし、その話ですら、すでに満足に聞いてあげることができなくなっている。弱者を根本的に救済するような、弱者を生み出さないという前提に立った政策が必要ではないでしょうか」(NPO関係者)


 自殺をしてしまうかもしれない、常に死ぬことを考えてしまう状態になった人に対する対処ばかり手厚くしても、長期的な自殺防止には遠回り過ぎる。雨漏りがするからと水を受ける容れ物ばかり増やし、壊れた屋根を直さないままでいるようなものだからだ。


 かつて年間3万人を超えていた日本国内の自殺者は、実は減少傾向にある。しかし、依然自殺者数は「世界ワースト6位」であり、何より若年層の死因の1位が未だ「自殺」であること、特に女性の自殺率に至っては「世界ワースト3位」という事実がある。


 座間の事件では、被害者9名のうち8名が若い女性だった。さらに、座間事件を模倣したように、若い女性を狙い撃ちにした事件が2018年早々にも発生している。SNS上では、自殺を仄めかす書き込みが未だ相次ぎ“自殺”という言葉が、非常に身近にあることを思い知らされる。


 数字上の自殺者が減っているからといって、自殺志願者の潜在的な数が減っているという風には思えない側面があることも、十分に考慮されるべきだろう。


 もちろん、政府や当局が掲げる理念、取り組みのすべてが悪いというわけではない。彼らが腰を上げ、実際に行動を起こしたことで「助かった」と思う弱者だっているはずだ。


 私が取材した限り、SNS上の自殺志願者の多くが、本当に死にたいとは思っておらず、つぶやくこと自体で彼ら、彼女達はなんとか生きていけている。そこに過度な介入、例えば、リスティング広告のように機械的で執拗にカウンセリングを勧められたり、公的機関からの連絡が行くような場合、自殺志願者は嫌になり行き場を失うか、よりディープな場所で孤独に、死について考えなければならない。


 確かに「死にたい」とつぶやきがちな人は、悪いきっかけと出会ってしまうと、本当に死に至ることがある。だから何らかの対応が必要なのは間違いないが、それは押しつけがましいものであってはならないだろう。


「ある意味で“カジュアル”に死にたいとつぶやける空間があることは重要。死にたい、というつぶやきや発言は、私たちの普通の人達にとって意味合いが違いすぎるんです。不幸な事件はありましたが、今まで見向きもしなかったくせに、いきなり干渉してきて”助けてあげる”と言われても……」


 自殺を仄めかすツイートをしていた別の女性は訴える。必要なのは「死にたい」という人々を発見したり、自殺の防止に取り組むことだけではない。


 かつて自殺者が年間3万人を超えたときは、不況の影響を受けて経済的に悩みを深めた中高年の自殺が目立った。その後、法律をつくってまで対応しつづけた現在の対策は、その世代に対して有効なものだろう。「死にたい」ことへの願望の持ち方や日常的なコミュニケーションの場が異なる若年層の自殺に対しては、異なる方法が必要とされている。


 そしてさらに死にたい人々を作り出さない、死にたいほどまで人々が追い込まれることがないという風潮作りこそが、何よりも優先されるべきだと思う。

NEWSポストセブン

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