「男たちの悪巧み」会場提供者と安倍総理夫妻の親密関係

1月16日(火)16時0分 NEWSポストセブン

昭恵夫人が投稿した画像(Facebookより)

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 安倍晋三・首相と加計学園理事長・加計孝太郎氏との親密さは、昭恵夫人が公開した「男たちの悪巧み」と題されたクリスマスパーティの写真によって大きく取り沙汰されるようになった。そのパーティの主催者が、初めて口を開いた。これまで知られることのなかった安倍人脈の本当の関係性が、明らかになる。(取材・文/森功=ノンフィクション作家。文中敬称略)


 * * *

 安倍昭恵のフェイスブックで紹介された「男たちの悪巧み(*)」メンバーによるクリスマスパーティは昨年、1日前倒しされて12月23日に開かれた。


【*昭恵夫人が2015年12月24日、この言葉とともにフェイスブックに投稿した、安倍氏と友人たちとのプライベート写真。左から加計孝太郎氏、高橋精一郎氏、安倍氏を挟んで増岡聡一郎氏。写真は加計問題発覚後、話題となった】


 会場を提供したパーティの呼びかけ人は、いつもの増岡聡一郎・鉄鋼ビルディング専務(55)だ。場所も恒例の南館4階のエグゼクティブラウンジだが、さすがに加計学園理事長の加計孝太郎(66)は参加しなかったようで、当日の首相動静はこう書いている。


〈午後5時42分、(東京・富ヶ谷の安倍)私邸発。


 午後6時8分、東京・丸の内の鉄鋼ビルディング着。南館内のエグゼクティブラウンジで増岡聡一郎鉄鋼ビルディング専務らと食事。昭恵夫人同席。同10時22分、同所発。同42分、私邸着〉(時事通信社配信)


 加計と同じく首相の米国留学仲間である三井住友銀行前副頭取の高橋精一郎の姓名も新聞にはない。控えめな宴だが、首相はあえて中止にせず、増岡夫妻といっしょに4時間あまりを過ごした。増岡はそれだけ大切な友人だということだろう。その増岡本人に会うと、安倍家との交友についてこう話した。


「始まりは昭恵さんでした。僕と彼女は同じ歳で学生時代の遊び仲間。休みにテニスやスキーの合宿に行ったりする友だちでした」


 増岡は聖心女子専門学校時代の昭恵と知り合ったという。天衣無縫と称される昭恵が森永製菓創業家の生まれなのは知られたところであり、本人は少女時代から本領を発揮し、普通の資産家の令嬢とは異なる学生時代を過ごしてきた。


 名門聖心女子学院の初等科に入学するも、4年制大学には進まず、2年制の聖心女子専門学校を卒業して電通に入社する。その時代の遊び友だちが慶大生だった増岡であり、今風に言えば合コン仲間だ。増岡もまた、東京駅前の2200坪という広大な敷地に巨大なオフィスビルを所有する素封家の御曹司である。


「学校は違いますけど、私の学生時代のガールフレンドと昭恵さんが仲よしで、昭恵さんを紹介されたので、もう35年くらいの付き合いになるかな」


 増岡自身がそう打ち明けてくれた。


「それで、『今度、この人と結婚するのよ』と紹介していただいた相手が総理。安倍晋太郎さんの息子さんだと聞かされ、お会いさせていただいたのです。当時の安倍総理は神戸製鋼の加古川工場で働いていて、神戸製鋼は私の祖父が建てた(第一)鉄鋼ビルにも入っている。さらに辿ってみたら総理と(増岡家)は縁続きでもあることがわかって、余計に身近に感じました」


 増岡の祖父、登作が戦後まもなく建設した鉄鋼ビルは文字どおり、日本を代表する製鉄企業がテナントとなり、本社を置いてきた。合併前の八幡製鉄や富士製鉄、神戸製鋼の東京本社などが看板を掲げ、政財界の活動拠点となってきたビルである。


「安倍総理夫妻の結婚式では、私は昭恵さんの友人としてプリンスホテルで開かれた二次会に参加しました。出しものとしてみなで御神輿を担いだりね」


 増岡がこう続ける。


「それからずっとあとの1997年のことですが、私の結婚披露宴にもご夫妻でお招きしました。残念ながら、総理ご夫妻はお子さんに恵まれなかった。子どもや家族に接するような感覚で友人を大事にされます。われわれとたわいのない話をして過ごす。そういう意味では(われわれとの付き合いが)ホッとされるのではないでしょうか。とりわけ第一次政権の1年で体調を壊されたあのときは、見事なまでに肩書きのある人たちが総理から去っていった。でもわれわれは何も変わらない。だから誰が本当の友だちかよく解った、と話されていました」


※週刊ポスト2018年1月26日号

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