本郷恵子さんが20歳の自分に読ませたい「わたしのベスト3」

1月17日(水)11時0分 文春オンライン


本郷恵子/東京大学史料編纂所教授 ©共同通信社



 好きな本ばかり読めるのだろうと文学部への進学を志し、現在専門としている日本中世史を学ぶことを決めたのが、まさに二十歳の時だった。小川剛生氏訳注の 『徒然草』 は、そのころにこんな書物があったらと思うもの。鎌倉〜南北朝時代に生きた隠遁者兼好が、自身の見識や薀蓄を縦横に語った作品について、テキスト・注釈・現代語訳・解説・年譜・索引を収録し、いずれも詳細かつ精緻で、しかも読みやすい。これほど高水準のものが文庫版で刊行されるのは、「日本古典文学大系」のような大型学術企画が成立しにくくなったという事情によるのだろう。いささか複雑ではあるが、古典を気軽に手にし、すばらしいガイドを得て読み進められるのは幸せというほかない。


『晩鐘』 佐藤愛子女史が九十一歳で刊行した小説。結婚の奥の深さ、もとい闇の深さを二十歳の私も知らねばならない。いつも上機嫌で「わははは」と愉快そうに笑い、平気で嘘をつき、会社を潰し、妻に莫大な借金を肩代わりさせる夫。妻はいつのまにか矢面に立たされ、働きに働いて「持ってけ!ドロボー」と金を払うが、その間にも夫は新しい借金をこしらえる。偽装離婚だからと妻をだまして愛人と籍を入れ、その後も金の無心にやってくる夫の厚顔ぶりは突き抜けていて素晴らしいが、当事者はたまらないだろう。妻が金を渡してしまうのは、義侠心なのか負けん気なのか。夫のほうも、そこのところを見切っているというか、見くびっているというか。夫とは人生の理不尽そのものである。



 私の二十代は日本が経済成長からバブルへと登りつめる時期と重なっている。貧困がこれほど取り沙汰される時代がやってこようとは想像もしなかった。 『子どもたちの階級闘争』 では英国で保育士として働く日本人女性が、政府の緊縮政策によって侵食される貧困家庭やその子どもたちのリアルを描き出す。社会の分断を映すやりきれない状況の中で、ときおり見える子どもたちの成長や可能性は天からの光のようだ。


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『徒然草』兼好法師/角川ソフィア文庫



『晩鐘』上下 佐藤愛子/文春文庫




『子どもたちの階級闘争』ブレイディみかこ/みすず書房




(本郷 恵子)

文春オンライン

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