70’s 黒人アーティストの極めつけディスコヒット5曲(その2)

1月17日(火)18時0分 OKMusic

70’s 黒人アーティストの極めつけディスコヒット5曲(その2) (OKMusic)

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今回は、70年代のディスコで大人気を博した、さまざまな黒人アーティストを紹介してみよう。その第2回目。

ソウルやファンクだけでなく、イージーリスニング系まで、多くの黒人アーティストがディスコに特化した70年代

前回に引き続き、70年代にディスコで人気のあった黒人アーティストを取り上げる。70年代中期になるとディスコの概念が広まり、それまでR&Bやソウル界で活躍していた多くの黒人アーティストがディスコ音楽へと転向していった。ユーロビートやテクノに代表される、シンセサイザーを多用した白人による無機質なダンス音楽が登場するまで、ディスコ音楽の中心となったのは、黒人もしくは黒人音楽を模倣した白人アーティストたちの人力演奏によるものであり、その原点はジェームス・ブラウンやスライ&ザ・ファミリー・ストーンの音楽だと言えるだろう。今回は特に黒っぽいサウンドを持ったファンクグループを紹介しようと思う。ただ、その独特のグルーブは日本人のDNAには合わなかったのか、国内のディスコではあまり流行らなかったような気がする。

それでは、黒人アーティストによる極めつけのディスコヒットを5曲セレクトしてみよう!

1.「It’s Alright」(‘75)/Graham Central Station

68年から73年まで、スライ&ザ・ファミリー・ストーンのベーシストとしてスラップ奏法を編み出すなど、ファンク界の進展に大きな貢献をしたラリー・グレアムが結成したグレアム・セントラル・ステイションは、米ファンク界を牽引する名グループであった。彼らのアルバムはどれも高水準であるが、特に初期の3枚はファンクの本質を極めた名作だと言える。「It’s Alright」は3rdアルバムに収録され、全米ダンスチャートで4位まで上昇した。スライ譲りの重量感あるサウンドは、全く新しいスタイルのファンクとして注目された。圧倒的なグレアムのベースプレイをはじめ、キレの良いホーンセクション(同じ西海岸の白黒混合ファンクグループ、タワー・オブ・パワー・ホーンズがゲスト参加)、ゴスペルフィールあふれるコーラスワークなど、以降のファンクグループの最高の手本になったはずだ。前回紹介したヴァン・マッコイの「ハッスル」と同年のリリースであるが、白人やアジアのディスコでは「ハッスル」が、黒人専門のディスコでは「It’s Alright」が好まれる結果となった。同じディスコ向けとはいえ、まったく違うテイストを持つところが音楽の面白いところ。

2.「Jungle Boogie」(‘74)/Kool & The Gang

今でもディスコファンに愛される名曲のひとつがこれ。クール&ザ・ギャングはグレアム・セントラル・ステイションと比べると聴きやすいだけに、全世界でヒットしたが、この曲は70年代中期以降のディスコサウンドに大きな影響を及ぼし、多くの亜流を生み出した重要作である。ダンサブルなリズムギターのカッティングや覚えやすいリフ、ヴォーカルと楽器がコール&レスポンスを繰り広げるなど、ディスコでヒットするべき多くの条件を満たしているナンバーだと言える。彼らは69年にデビューし、この曲が収録されているのは7枚目のアルバム『Wild and Peaceful』(‘73)で、このアルバムからは「Funky Stuff」(全米R&Bチャート5位)や「Hollywood Swinging」(同チャート1位)など、多くのヒット曲が生まれている。ちなみに「Jungle Boogie」はR&Bチャート2位という結果であった。この時すでにダンスチャートができていたなら間違いなく1位になっていただろう。

3.「Give Up the Funk (Tear the Roof off the Sucker)」(‘76)/Parliament

スライ&ザ・ファミリー・ストーンとジェームス・ブラウンの音楽をミックスし、ジミヘンのサウンドをスパイスにしたような、黒人ファンク・グループの頂点に君臨するジョージ・クリントン率いるパーラメントのヒットナンバー。ラリー・グレアム以降のファンク系ベーシストでは最高の奏者のひとりであるブーツィー・コリンズのうねりまくるプレイをはじめ、黒っぽいコーラスや遅めのBPMなど、70sファンクの完成形がここにある。この曲は75年リリースのアルバム『Mothership Connection』に収録、ジェームス・ブラウンのバックを務めるJB’sのホーンセクションが参加していることでも話題になったが、黒人専門のディスコ以外でオンエアされることは少なかった。70年代、日本では一部のマニアが喜ぶだけであったが、80年代に入ってヒップホップの人気の高まりとともに(パーラメントのメンバーはヒップホップ系のミュージシャンとの共演が多い)人気が沸騰、世代を問わず現在もファンは多い。

4.「Get The Funk Out MA Face」(‘76)/The Brothers Johnson

マイケル・ジャクソンとの共同作業などで知られ、ジャズやフュージョンのミュージシャンやプロデューサーとしても大活躍するクインシー・ジョーンズに見出されデビューしたブラザーズ・ジョンソン。ギターのジョージ・ジョンソンとベースのルイス・ジョンソンは実の兄弟で、どちらも卓越したミュージシャンである。特にベースのルイス・ジョンソンはスラップベースの名手で、ソウルやフュージョンのセッションで引っ張りだこの人気であった。この曲は彼らのデビューアルバム『Look Out #1』(‘76)に収録され、ジョンソン兄弟とクインシー・ジョーンズが作詞作曲している。ファンクとディスコの境界線上にあるサウンドで、最初期のフュージョン作品だといってもいいだろう。クインシー・ジョーンズは彼らとの仕事を通して、新しい黒人音楽を作ろうとしていたのであり、その最高の成果がマイケル・ジャクソンの『オフ・ザ・ウォール』(’79)や『スリラー』(‘82)ではないだろうか。これらのアルバムでベースを弾いているのはルイス・ジョンソンで、いかに彼がクインシーに信頼されていたかが分かる。全米ダンスチャートで11位まで上昇している。

5.「(Do The)Spanish Hustle」(’76)/The Fatback Band

ファットバック・バンドは1970年に結成された老舗ファンクグループで、初期は硬派なスタンスで重厚なファンクを信条としていたが、76年にはすでに流行していたディスコ向けのサウンドに転向し、若干軽めのサウンドになったものの、さすが硬派と思わせる玄人好みの音作りが魅力であった。この曲はディスコ転向第1作目のアルバム『Night Fever』(‘76)に収録された軽快なナンバー。全米ダンスチャートで5位を獲得している。ティンバレスやパーカッションを多用するなど、ラテン色を加えた独特のノリを聴かせる。シンセのメロディーが中心のインスト作品で、ヴァン・マッコイの「ハッスル」を参考にしたと思われるが、間奏ではジャズっぽいフレーズが聴けるし、リズムセクションのグルーブ感はさすがで、ディスコ向けとはいえファンクグループとしての力量は本物だ。70年代末から80年代初期には驚くほどのアルバムをリリースし(78年〜85年の7年間になんと12枚ものアルバムを出している)、アメリカではディスコヒットの常連で、テクノが登場してからもしぶとく活動を続けていた。彼らはダンス曲はもちろんバラードに名曲が多く、ディスコに行かないソウルのリスナーにも愛されている。

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