フォトジャーナリストが見つめた女性の人生と「風景の原点」

1月18日(土)11時0分 文春オンライン

 しばしそこに身を置いていて、肌に染み込むようにひしひしと感じられるのは、この星の豊かさのようなものだった。ニコンプラザ新宿「THE GALLERY」の林典子個展「If apricot trees begin to bloom」会場でのこと。



林典子 展示作品より


ナリン川沿いに見た「風景の原型」と「生活の原点」


 ぐるりすべての壁面を、たくさんの写真が埋め尽くしている。そこに写っているのは、キルギスからウズベキスタンへと流れ過ぎるナリン川沿いの風景と、流域に暮らす人たちの営みである。


 はるかに広がる草原と、その彼方には大山脈。大地を穿って川は悠々と、またときに轟々と進む。その傍らに住み着いた人々の生活空間はといえば、ごく質素でささやかなもののようだ。



 写真で観るかぎり、ここには余分なものが何もなく、すべてがいたってシンプルにできている。同時に、あるべきものがあるべき位置に収まっていて、きちんと満ち足りているようにも感じられる。なんというか「風景の原型」と「人の生活の原点」のようなものを、見せつけられているみたい。



 そんな画面が生まれ出たのは、ナリン川沿いの昔ながらの暮らしにそれだけ無駄がないからなのか、もしくは撮り手たる林の視点がブレずに明確だからか、それともフレームワークをはじめ的確な撮影技術の賜物か。いずれにせよ、どの写真も清々しい空気に満ちているのはまちがいなく、会場にいるだけで、この星はまだこんなに豊かで美しかったかと確認できるのがうれしい。



かつての取材が現在へとつながっていく


 作者の林典子は、ロンドンのフォトエージェンシー「Panos Pictures」に所属するフォトジャーナリストである。大学時代に赴いたガンビア共和国で写真に目覚め、以来、世界各地の事象や人々にカメラを向けてきた。


 メディアから依頼を受けての取材も精力的にこなすが、同時にいつだって、みずからの関心に沿ったテーマを掲げ掘り下げる活動も継続してきた。


 たとえばイラクでは、ダーイシュ(過激派組織IS、イスラム国)に侵略された少数民族ヤズディの人たちと接触。現地で生活をともにしながら、写真を撮ったり、インタビューをしたり。その成果は写真集『ヤズディの祈り』となって刊行された。


 キルギスの「誘拐結婚」も、学生時代から関心を持ち続けてきたテーマだ。仲間を伴った男性が、意中の女性を連れ去り、自宅で説得して結婚へと持ち込む。キルギス語で「アラ・カチュー」と呼ばれる誘拐結婚が、キルギスでは現在もおこなわれているという。


 その実態と女性たちの心境を知るべく、林は2012年にキルギスへ赴き、数ヶ月にわたり取材をした。その後もキルギスへ足を運びながら考察を深め、こちらも写真集『キルギスの誘拐結婚』としてまとめられた。



 誘拐結婚の取材で出会ったひとりの女性とは、その後も連絡を取り合ってきた。彼女の出産にも立ち会い、撮影させてもらうことができた。無事に子が産まれたあと、林がふと病室の窓から外を望むと、そこにはナリン川が流れていた。


 出産に至った女性の人生と川の流れが、林の中で重なった。この川の流れをたどるようにして撮影をしたら、何がどう見えるんだろう? 林はそう思い立ち、ほどなくして考えを実行に移した。



 そうして撮りためられていったのが、今展で観ることのできる写真群である。改めて展示をよく観ると、川をたどるきっかけとなった女性のポートレートも、そこには含まれていた。林が出産に立ち会い、その後すくすくと育った子の姿が収められた写真もあった。ほかにもこの地で生まれ育ったのだろう子どもたちを捉えた写真は幾枚もあって、なんともかわいらしい。



 あまりに雄大な土地柄だから、いくら写真をたくさん並べても、所詮はこの土地のほんの一部を切り取ったに過ぎないなという印象は強く残る。でも、川の流れの中から掬ったすべてのしずくがキラキラ輝くのと同じように、ここにあるどの一枚も稀少で、美しくて、どうしようもなく愛おしく感じられるのだった。



(山内 宏泰)

文春オンライン

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