水樹奈々が「深愛」で綴った半生 「先生からセクハラ受けた」

1月18日(火)20時6分 J-CASTニュース

水樹奈々さん書き下ろしの自叙伝「深愛」

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   声優で歌手の水樹奈々さんが受けたセクハラとは何だったのか。水樹さんが自身の半生を綴った「深愛」が2011年1月21日に幻冬舎から発売されるが、ネット上では、早くもその内容が話題になっている。興味の焦点は水樹木さんが受けたといわれる「セクハラ」。そこには15歳で単身上京し、男性の「先生」と2人暮らしをする高校生時代の生活が詳しく書かれている。



   水樹さんは80年1月21日に愛媛県で生まれた。幼い頃から演歌歌手を目指していて芸能事務所にスカウトされ、高校は東京の堀越学園に入学。しかし、演歌歌手の夢は叶わず、「極貧」生活の中で選んだのが声優だった。声優として人気者となった後はポップスシンガーとして00年に歌手デビュー。09年にはアルバムがオリコンチャート1位。09年、10年の「NHK紅白歌合戦」に連続出場した。



お金が無くてソックスを何度も継ぎ接ぎした

   「深愛」で一番多くページを割いているのが声優デビューするまでの道のりだ。歯科技工士でカラオケ教室も経営する父親が、自分が果たせなかった演歌歌手になる夢を水樹さんに託し、水樹さんに1日に何十曲も歌わせては指導した。



   水樹さんに転機が訪れたのは中学2年。東京の芸能事務所の社長がスカウトにやってきた。ただし事務所で面倒を見るための条件は「全国せとうちカラオケ選手権」で優勝すること。水樹さんは中学三年で優勝し、15歳の時に単身で東京に上京する。


   芸能人の卵が多く集まる堀越高等学校芸能活動コースに入学し、演歌歌手デビューを目指すものの全く光明が見出せない。仕事がないから金が入らず、生活は親から送られてくる月3万円の仕送り。



   この3万円で学校への定期代や文具代、昼食代を含め全ての生活を賄わなければならなかった。不幸は続き、高校2年の時に所属事務所は破産。堀越の芸能コースは事務所に所属していることが入学の条件だから、退学しなければならない事態に陥り、新しい所属事務所を探したのだが、見つからなかった。



「先生と5年半、ひとつ屋根の下で暮らす」

   この時、水樹さんが暮らしていたのがボイストレーナーの「先生」宅。この「先生」は破産した事務所の社長と共に愛媛県まで水樹さんをスカウトに来た1人だった。「先生」は1人暮らしだったため、水樹さんは一つ屋根の下で暮らし、ここでレッスンを受けることになる。水樹さんの悩みはこの「先生」のセクハラだったという。


「冗談ともつかない先生のセクハラは、少しずつだけれど日常生活にも及ぶようになった」

   と書いている。師弟関係のじゃれあいのように見えるかもしれないが、「思春期の女の子が傷つくには、それは十分すぎるほどだった」


   という。しかし、「先生」は恩人であり、所属事務所が破産して退学の危機にあった水樹さんのために、芸能事務所を新たに立ち上げたのもこの「先生」だった。



   この2人の生活は5年半続く。水樹さんが「先生」の家を出たのは歌手デビューしてから半年後だった。



   「深愛」は、このように今日まで歩んだ道を赤裸々に語っており、話題を呼びそうだ。

J-CASTニュース

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