ウィンターリーグを訪ねて メキシコにあった野球の原風景

1月19日(金)11時0分 文春オンライン

 その昔、テンカツ野球団というプロ野球チームがあった。漢字で「天勝」と書くのだが、現在のプロ野球ができるそれ以前の大正時代、女流奇術師が一座の興行と並行して野球の試合をしていたらしい。一座は、日本だけでなく台湾や満州(現在の中国東北部)まで旅し、現地の野球チームをコテンパンにやっつけ、奇術で人々の眼をむいた。むろん、選手はマジックをするわけでなく、会場設営などの作業員としてかり出された。


 ウィンターリーグの話をするのに、なぜこんな話題を持ち出したかというと、ラテンアメリカの野球には旅一座の興行を思い起こさせるようなプロ野球の原初的風景がいまだ残っているからだ。


 かつては、ふらっと球場に行けば、選手が普段見かけぬ東洋人を試合前のフィールドに招き寄せるなんてことは日常茶飯事、気がつけばチームに帯同している選手の見習いみたいな少年とキャッチボールをしていたなんてこともあった。田舎町の球場で試合が日付をまたぎ帰りの足がなくなったので、監督にお願いすると、チームのバスに快く乗せてくれたこともあった。


時代の流れとともに洗練されたラテン野球


 今回、10年ぶりにウィンターリーグを訪ねた。ラテンアメリカのプロ野球も時代の流れとともに洗練され、今やウィンターリーグ最強となったメキシカンパシフィックリーグの風景は、まさにプロ野球そのものである。球場は、アメリカ3Aのボールパークにひけをとらない、大型ビジョンを備えた立派なものになった。その一方、球場前に並んでいたローカルフードの屋台はスタンド内のフードコートにとってかわられ、露店で売られていたバッタもんのキャップやシャツも駆逐され、球場内のショップにアメリカ資本による高価な公認キャップやジャージが並ぶようになった。


 なによりも、当日ふらっと行けば簡単に出た取材許可も、事前の申請をきちんとせねば出なくなったし、入っていい場所、いけない場所の区別もはっきりするようになった。昔は、試合前には選手がロッカールームに招いてくれたり、試合中、地元記者とともにベンチ奥の倉庫みたいなスペースに隠れて、きついリキュールで酒盛りをしたりと何でもありだったが、さすがに最近はそうもいかないようになった。それは、ラテン野球も年々プロ野球らしくなっているということで肯定的にとらえるべきなのだが、今やMLB、NPB、KBOに次ぐ世界第4の観客数を動員し、周辺諸国にもテレビ中継されるようになったこのリーグの風景になにか物足りなさを感じてしまった。


 メキシコ野球は奥深い。季節を問わず、大小さまざまなリーグが広い国土のどこかで行われている。メキシコのプロ野球選手はこれらのリーグを転戦しながら生活の糧を得ているのだ。


 大西洋岸に展開されるベラクルスリーグもメキシコに数ある田舎リーグのひとつだ。メキシカンパシフィックリーグとの契約を結べなかった選手のほか、メキシカンリーグを目指す若い選手、あるいはメキシカンリーグやアメリカのマイナーリーグをお払い箱になって、夏はもう市井人として働いている者が集まった、いわゆる独立リーグだ。一応プロを名乗り、シーズン中は基本野球専業、キューバなどからの助っ人も雇い、指導者にも元メジャーリーガーがいる。



試合中の風景


 このリーグに取材を申し込んだところ、その窓口となってくれたのは、リーグの中心的球団、ハラパ・チレロスの選手だった。このリーグでは、各球団とも地元企業の社長が私財をなげうって家族経営で球団をやりくりしている。チレロスでも運送業でひと財産を築いたオーナーが、元マイナーリーガーのビジネスマン一族にマネジメントを任せていた。


 試合日程も直前にならないとわからない中、指示された田舎町まで夜行バスで向かい、一行が滞在しているホテルに足を運ぶと、そのまま郊外の球場に向かうことになった。



そこには求めていたラテン野球の試合風景があった


 ユニフォーム姿の男たちが分乗する野球道具満載のバンは、なんだか日曜の草野球チームを連想させる。一行は、ホテルを出た後、町はずれの安食堂でいったん車を降り、朝食をとった。大男たちがメキシカンフードを平らげていると、ホテルの精算を終えたオーナーが遅れて到着。このオーナーの朝食と食後のコーヒーが済むと、一行は再び車に分乗した。


 球場は一見するとそうとはわからない粗末なもの。球場前に路駐すると、一同は対戦相手のホームに乗り込んで行った。



オルタの球場入り口のチケットブース


 球場では、ホームチームのオーナーが出迎えてくれた。挨拶をするとまず、ライトフェンスに掲げられた横断幕に案内された。そこには男の顔と名が染め上げられている。ホームチームの前のオーナーだったらしく、球場からの帰りに暗殺されたという。このリーグのオーナーの中には裏では人に言えないビジネスに手を染めている者もおり、この人物もそのひとりだったのかもしれない。これもまたメキシコ野球の現実なのだ。


 試合風景は、まさに僕が求めていたラテン野球のそれだった。フィールドでの撮影は自由。試合の邪魔をしない限りはどこでもうろうろできる。両オーナーは自チームのベンチに入り、とくにビジターのチレロスのオーナーは、背番号1のユニフォームを着てナインに檄を飛ばす。ファンへのプレゼント用に小さなボールを持参し、気が向けばスタンドに投げ入れるのだが、そのタイミングが試合展開を無視しているので、投げ入れが始まると1点を争う緊迫した試合そっちのけでスタンドはパニック状態になる。中にはボールを手にするやいなや、ベンチまで降りてきて選手にサインをねだる子どももいる。


 1000人も入れば満員の小さなスタンドは、プレーオフとあって満員。そうはいうものの、人々は試合が始まってからゆっくりと参集、球場横の民家の住人などはベランダに椅子をおいて観戦している。スタンドには、チリソースをかけライムを絞って食べるメキシカンスナックや魚介のマリネ、セビチェの屋台や売り子が出て、球場に詰めかけたファンは、それらとビールやサイダーを手に野球観戦をひがな楽しむのだ。



満員のスタンド


 試合は終盤にホームチーム、トビスのキューバ人助っ人が敬遠の後の初球をフェンスの向こうに運んで決まった。バットに当たった瞬間それとわかる弾丸ライナーが、5段ほどの小さなライトスタンドに突き刺さると、地元ファンは沸きかえった。


 試合後は、オーナーどうし、選手どうしが健闘をたたえあう。ビジターのチレロス一行には、ホームチームのオーナーから売れ残った缶ビールが振舞われる。それと同時に、チキンとトルティージャの弁当が運び込まれた。一行はそれをフィールドの芝生に座り込んで腹に収めると、車に乗り込んで200キロ先のホームタウンへの帰途についた。


 ハイウェイ上で検問があった。身分証を求めるポリスに、チームリーダーが言う。


「俺たちはプロ野球選手だ」


 その声を聞いたポリスは、身分証を求めることをやめ、一行の車を通した。目的地であるチームリーダーの屋敷前に着いた頃にはすっかり夜になっていた。オーナーと助っ人外国人たちはそのままさらにチームのホームタウン、ハラパまでドライブを続け、他のメンバーは、迎えの車で家路についた。一行の帰りを待っていたのか、近所の女の子たちが近づいてきて歌のプレゼントで労をねぎらっていた。


 こうして、彼らは冬の短いシーズンを旅役者のように転戦して暮らす。こういうプロ野球の原初的シーンに魅せられ、僕は野球旅を続けている。



試合後キャップの交換をする両チームのオーナー 提供/阿佐智


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(阿佐 智)

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