野田義治氏 AKB全盛時代にアイドルプロデュース辞めた理由

1月19日(金)16時0分 NEWSポストセブン

瞬く間にトップアイドルに上り詰めた堀江しのぶ

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 細川ふみえ山田まりやMEGUMIなど、いわゆる“グラドル”を次々と世に送り出し、ビジネスとして育て上げたのが、元イエローキャブ社長で、現・サンズエンタテインメントプロデューサーの野田義治氏だ。自身が手掛けた女性について、野田氏が振り返る。


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 クラリオンガールの選考会で初めて堀江しのぶの写真を見た時、胸の大きさに驚きはしましたが利用しようという気はまったくありませんでした。当時の風潮として「胸の大きな子は頭が悪い」という偏見が幅を利かせていたし、そんな女の子たちは胸の膨らみを隠したいからどうしても体を丸めて歩いてしまう。姿勢が悪いため、見た目が冴えなかったのです。しかも、誰も水着で撮られたいなどと思っていません。


 それでもしのぶの水着を撮りたいと思ったのは、文字通り「はち切れんばかり」の魅力を直感したからです。で、どうすれば撮影できるか考えました。子供の頃の写真を見せてもらったら当然のことながら海水浴で水着を着ていたので、「浜辺で水着姿を撮っても不自然ではないよね」、と説得しました。最終的にはハワイで撮りましたが、もちろんスタッフ全員、海パンです(笑い)。


 ほどなくして雑誌のグラビアで水着アイドルがたびたび特集されるようになりましたが、しょせんキワモノ扱い。出版社に売り込んでも、「こんなやり方じゃタレントが潰れるぞ」と。実際、名が売れた後の「次の一手」はヌード、というのが既定路線でした。でも、私は脱がすつもりはなかった。そんな思いが通じたのか、しのぶは『ザ・テレビ演芸』(テレビ朝日系)で横山やすしさんのアシスタントに抜擢され、大きく成長しました。


 白夜書房の雑誌『写真時代ジュニア』で知って、「この子はイケる」と直感したかとうれいこも忘れることができません。当時彼女は別の事務所の預かりという形でしたが、ツテを辿って会うことになり、私が引き取ることになった。


 歌手を目指していましたが、「顔と名前を覚えてもらうための手段に」と説得して、水着で売り出すことになり、その後「アデランス」のCMを5年間務めるなどブレイクしていったのです。


 私が女の子たちに繰り返し話したのは、新聞や本を読んで知識を身につけなさいということ。バラエティ番組などに出れば、芸人の下ネタに対応しなければなりません。知識があれば機転も利くし、振られた下ネタもうまく返せる。


 実際、細川ふみえや山田まりや、MEGUMIなどは、バラエティで安易に下ネタや〝彼氏ネタ〟を言わずうまく立ち回ったので、勘のいい子だという評価をもらって活動の場が広がっていったのです。そして、気がつけば1990年代後半くらいから「胸の大きな子=バカ」という偏見がなくなっていました。


 そんな私もここ10年ほど新しい女の子をプロデュースしていません。ひとつには、AKB48に代表される大人数のアイドルが水着でグラビアを飾るようになり、タレント個人が集団に埋没して個性を失ったというグラビア界の状況があります。


 しかも、豊胸技術の進歩によって、素人目には手術したのかどうかわからなくなりました。巷に巨乳の女の子が増え、巨乳であることの珍しさや偏見がなくなった。積極的に水着になりたがる子が増えるなど、グラビアを取り巻く状況が一変したということです。


撮影■山岸伸 取材・文■岡野誠


※週刊ポスト2018年1月26日号

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