今夜金曜ロードSHOW「千と千尋の神隠し」宮崎駿が千尋をブスだと言う理由

1月20日(金)10時0分 エキサイトレビュー

ロマンアルバム『千と千尋の神隠し』

写真を拡大

今夜放映される『千と千尋の神隠し』は、興行収入308億円と日本トップの座を未だに譲らない作品。アカデミー賞アニメ映画賞や、ベルリン国際映画祭金熊賞なども受賞。ジブリで一番売れた映画だ。
<>
ただ、いかんせん説明がなさすぎて、理解しづらい作品。
この変な映画が多くの人の記憶に残るのはなぜか。
ヒントになりそうなポイントを3点見てみよう。

1・千尋はなんでへちゃむくれなの?


宮崎駿作品は、特に『もののけ姫』までは美人さん揃いだ。
千尋のことは、宮崎駿は「ブス」だと何度も言っている。身も蓋もない。
この映画を見せる観客として考えていた、友人の10歳の娘さんたちと比較する。

宮崎「あれ(千尋)はまだいいほうで、リアルにいったら実際には今の10歳くらいの娘たちというのは、もっとブウたれているんだと思いますよ」(ロマンアルバム)
<>
宮崎「この娘がこれからどうなっていくのか分からない、というふうに描きたかったんです。それで僕はこの娘を描いているうちに、けっこうさっそうとした女の子になるんじゃないかと思いました。人の魅力というのは、わからないですからね。突然変異しますから」(ロマンアルバム)

千尋は宮崎ヒロインの中でも幼い方。まだ思春期に入り切らない、成長が始まる前で、『となりのトトロ』だとサツキよりメイの造型に近い。
彼女の今後の成長が顔を作っていく。序盤のブウたれ顔はその土台だ。

話が進むにつれ、千尋の顔の描写は、ちゃんと変化が付けられている。
後半銭婆からもらった髪留めをつけるシーン。キャラデザは同じでも表情がかなり大人びている。

最初に「アニメージュ」などで、千尋のキービジュアルが公開された時、ものすごい反響を呼んだ。
最序盤の、車でうだうだしているシーンだ。
女の子がちっともイキイキしていない。
これは鈴木敏夫のワナだった。
<>
鈴木「「いつもの宮崎アニメのキャラクターじゃないだろう」と。言いたい事はそれだけです。今まで宮さんが売ってきたものはね、主人公のひたむきさであり、一生懸命さであり、健気さであり、一途さでしょ。それがまるでないポスター。これはセンセーショナルだと思ったんだよ、俺は。」(ユリイカ 宮崎駿「千と千尋の神隠し」の世界)

ブウたれているのは最初だけで、実際は一生懸命な子。
観客をまんまと釣った広告だ。
もっとも、鈴木敏夫の中でも「これは今までの宮崎駿と違う」という確信があったようだ。

2・ハクの出番って都合よすぎない?


宮崎「こういうふうにするつもりは全然なかったんです。ただ女がいれば男がいるし、男がいれば女がいる。そうやって世界ができているわけで、主人公がブスなんだから白面の美少年がいないとつまらないかなと思っただけなんです」(ロマンアルバム)

彼は千尋の成長を促す係として作られた、対比キャラだ。
だから見た目も対照的。

作画監督・安藤雅司「(ハクは)本当はもっと怪しくしたかったんです。ただキャラクター的に、透明感のある美少年の典型ということで描いていくしかなかったというのが正直なところです。でもハクに関しても、少女マンガに出てくる美少年のようにならないように、気をつけたつもりです」(ジブリの教科書「千と千尋の神隠し」)

奇怪な存在だらけの映画で、彼のキレイな外見はとても目立つ。
序盤でたまたまハクと出会って以来、救われまくる千尋。
ハクはいつも都合のいいところで登場する。宮崎アニメの中でも屈指の王子様キャラだ。
理由ははっきりしている。

宮崎「なんであそこにハクが助けに来るの?って。実際でもそういうことは起こっているんであって、ただ気がついてないだけなんじゃないかって、僕なんか思ってますけど。閉ざしていれば気がつかない。(中略)そういうものを(見た子どもが)受け入れてくれたらいいなあって思ってます」(「風の帰る場所 ナウシカから千尋までの軌跡」)

ハクのような存在は「いるわけがない」と断定した時点で、自分の周りからいなくなってしまう。
「何故来たか」ではなく「彼が助けてくれた」という事実の方を、宮崎駿は大切にした。

『千と千尋』は、物語の整合性が妙なシーンがたくさんある。
これは、宮崎駿が物語の論理性より、見た時の感覚を優先しているからだ。

宮崎「もう大嘘をついているわけです。こういう世界が本当にあるのかとかそういうことも含めて、全部嘘をついてるわけですから」
「僕は、この映画はなるべく言葉にすまいと思ってやってきたんですよ。言葉にしちゃうとなんか落っことしちゃうような気がしてね」(「風の帰る場所 ナウシカから千尋までの軌跡」)

ハクの件も含め、説明は全部、わざと省いた。
中には、設定が存在すらしないものもあるそうだ。

宮崎「映画で大事なのはその時のビジョンなんです。耳たぶの産毛が金色に光ったりとかね、そういう部分だけが印象に残って、映画は残っていくんです。ストーリーが残るんじゃないんですよ」(ジブリの教科書「千と千尋の神隠し」)

宮崎駿は、記憶にひっかかる映像をたくさんつくって、嘘をついた。
だから、人によってわからないシーンがあるのは、当然のことだ。

3・もっかい聞くけど、風俗産業のアニメじゃないの?


舞台である油屋が娼館かどうかは、しばしばネットでも話題にあがる。
今夜金曜ロードSHOW「千と千尋の神隠し」7つの謎、舞台はほんとに風俗産業!? エキレビ
結論としては、上の記事にあるように「日本そのもの」「さまざまな働く現場」が油屋だろう。
もうちょっと掘り下げてみたい。
<>
プロデューサーの鈴木敏夫は、発想の原点にキャバクラがあることを何度も語っている。

鈴木「僕がキャバクラ好きの知り合いから聞いた話を宮さんにしたことがあったんです。キャバクラへ働きに来る女の子たちは、もともと引っ込み思案で、人とのコミュニケーションがうまくできない子も多い。ところが、必要に迫られて、一生懸命いろんなお客さんと会話するうちにだんだん元気になっていく。その話をヒントにして、宮さんは湯屋をキャバクラに見立てたストーリーを作ったというのです」(ジブリの教科書「千と千尋の神隠し」)

同時に宮崎駿は、「油屋=ジブリ」説をあげる。
宮崎「スタッフにはそう説明しました、『この油屋という湯屋はなんだ?』っていうとき『ジブリだ』っていうふうに。」
「湯婆婆は鈴木さんと僕の合の子っていうか(中略)突然理不尽に怒鳴るとかね。でも、経営者っていうのはそういう側面を持ってますよ。やっぱりお金も必要なんですよ。愚かな母親でもあるからね」(「風の帰る場所 ナウシカから千尋までの軌跡」)

舞台の油屋は、宮崎駿としては「ジブリ」やキャバクラに象徴される、「日本の社会」だ、と宮崎駿はまとめている。
大事なのは、いろいろな人にもみくちゃにされて、仕事をやらざるを得なくなった時に、感性が一気に成長する、というのを子どもに見せようとしているところだ。

宮崎「僕は今回『これが僕の知っている世の中だ』『君たちが出て行く世の中だ』と思ってこの映画を作ったんです」「(ジブリに)いきなり千尋みたいに行って『働かせてください』と言ったらどうなるか。僕も、プロデューサーも絶対『出てけ』って怒鳴りますよ(笑)。でも、そこでどうしても働かなければいけないとなったらどうなるんだろうか。そういう経験は、世の中に出ていく過程でこの映画のスタッフを含め、いろんな人が少しずつしているわけです」(ジブリの教科書「千と千尋の神隠し」)

ここで、カオナシの存在が浮かんでくる。
実はハクよりもカオナシの方が、出番ははるかに多い。

鈴木「宮崎駿も無意識に時代の深層を感じ取っているところがあります。だから、カオナシのような心の暗闇を象徴するキャラクターが出てきたんでしょう。人々は「わけが分からない」と思いながらも、意識のそこでカオナシとのつながりを感じるから、夢中になって見てしまう」(ジブリの教科書「千と千尋の神隠し)

コミュニケーションがうまくとれず、行き惑って苦しんで、最終的に静かに仕事を見つける様子は、優しくもあり、寂しさもある。
カオナシは、社会で悩み、生きづらさを感じる人間に、刺さるものがある。

……というテーマ性を考え間もなく、やっぱり「なんだこりゃ」が心地よい映画だ。
もし初めて見る人がいたら、頭を空っぽにして見るのをオススメします。

(たまごまご)

エキサイトレビュー

この記事が気に入ったらいいね!しよう

千と千尋の神隠しをもっと詳しく

BIGLOBE
トップへ