俳優・山本學、森光子さんを見て「俺はなんて甘いんだ」

1月20日(金)16時0分 NEWSポストセブン

山本學が森光子さんから学んだこと

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 映画史・時代劇研究家の春日太一氏がつづった週刊ポスト連載『役者は言葉でできている』。今回は、森光子主演の舞台『放浪記』に20年以上出演し続けた山本學が、森との共演の思い出を語った言葉からお届けする。


 * * *

 森光子主演の舞台『放浪記』は上演二千回を超える人気公演であった。山本學は1987年から参加、以降、森が亡くなるまで出演を続けている。


「途中からの参加で、役柄を僕なりに作り変えたんですよ。


 その前の人は、気持ち悪い、嫌な人間として演じていましたが、僕はそうじゃなくて。一生懸命なんだけど、その一生懸命さが女性にとっては嫌だ、と。そういう解釈で演じました。


 演出の三木のり平さんからは『おい學ちゃん、違うよ。あの役はそんなにイイ奴じゃない。もっと気持ち悪い奴なんだ。お前、そんなに女に好かれたいのか』と言われましたが、僕にはできませんでした。森さんが『そういう風にやった人はいないから、それでいいのよ。押し切ってやってください』と人を通しておっしゃってくださったから、続けることができました。


『放浪記』は通行人役の人まで一生懸命にやっていました。少しでもダメだと降ろされちゃうんですよ。ですから、どんな小さい役でもみんな大事にしていて。それで、商業演劇として隙が無くなっていったと思います。


 いい作品って、現場の雰囲気がいいんです。ですから、いい仕事をしようと思ったら、それに協力することです。隅々までみんなが『この作品をよくしよう』と思ってやったら、やはり違ってきます。我を張る人がいたら、よくならないです」


 人気公演の座長を長年務めてきた森の気配りも、山本は近くで見てきている。


「森さんは、決してお客さんをそらさない。昼夜の公演があるのに楽屋に来たお客さんが夜の開演十分前になっても帰らない時があるんですが、嫌な顔一つしませんでした。『くたびれたから今日はお会いできません』という人がいますが、そういうことは一度もありませんでした。それで、本番になると二時間半しゃべりっ放しですからね。


 お付き合いをちゃんとして、舞台もつとめ上げる。それを二千回も続けるわけですから、まるで比叡山の千日回峰ですよ。僕には『行』としか思えなかった。


 口で言うのは簡単なことです。でも、『マンネリ』と言われようが、それでお客さんを喜ばせて、やり遂げていくのは大変なことです。しかも、それを森さんは日常としてやっていた。当然のこととして流れていく中に身を置いていたんです。


 共演者は、そんな森さんをどう盛り上げていくか、ということを役割分担としてみんなが考えていました。公演中は待ち時間が長いのですが、その間は控室に舞台の音声が流れています。それで、誰かがいつもと違う芝居をすると、みんなすぐに反応するんです。『あれっ?』と。それだけ統率されていた。しかも自発的にみんながそうしている。


 それも一つの創造ですよね。創造というのは、いつも新しいものばかりではない。同じものを同じように作る。それもまた、凄く大事なことなんです。


 森さんを見て、『俺はなんて甘いんだ』と思いました。それからは、愚痴を言ったり『大変だな』と口にしたりすることはなくなりました」


●かすが・たいち/1977年、東京都生まれ。主な著書に『天才 勝新太郎』『鬼才 五社英雄の生涯』(ともに文藝春秋)、『なぜ時代劇は滅びるのか』(新潮社)など。本連載をまとめた『役者は一日にしてならず』(小学館)が発売中。


◆撮影/藤岡雅樹


※週刊ポスト2017年1月27日号

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