“東洋大三人衆”甲斐野、上茶谷、梅津の陰に隠れていた男 藤井聖が輝く日

1月21日(火)12時15分 文春オンライン

 2018年のドラフトで上位指名され、福岡ソフトバンクホークスの新生リリーバーとして活躍し、日本代表のメンバーにも選ばれた甲斐野央。今永と共に右の先発の柱として、横浜DeNAベイスターズのAクラス入りを支えた上茶谷大河。オールスター明けから1軍に定着し、大器の片鱗を見せた中日ドラゴンズの梅津晃大。昨季目まぐるしく成長を遂げたルーキー3人の共通点は、「戦国東都」と呼ばれる激戦の東都大学野球リーグの中でも、特に名門と言われている東洋大学野球部出身ということだ。


 この3人の同期のピッチャーに、現在、社会人野球の名門チーム・JX-ENEOSで活躍するエース左腕・藤井聖がいる。親交の深い上茶谷からも「東洋大でなかったら一番手だ」と当時から言われていたそうだが、現在プロで活躍する彼らの存在は大きく、大学時代の通算登板回数は11回。立ち位置的には、4、5番手あたりにいた藤井だったが、今になってプロ注目選手として評価が高まっている。


 仲間からの遅れをとること2年。最速150キロをマークする若きエースは、社会人野球選手にとってドラフト解禁年である運命の2年目を迎えた。藤井自身もプロへのあこがれはあるものの、「まずはエネオスで都市対抗に出場して、チームを勝たせたい。この目標を達成したい」とチームへの思いが強い。ここまで彼を熱くさせるのは、ある出来事が関係していた。



JX-ENEOSで活躍するエース左腕・藤井聖 ©豊島わかな


忘れられない“あの日”の試合


「忘れられない試合になった。心の底から悔しいと感じて、人生であれほどまでに泣きじゃくったことはなかったです」


 藤井は悔しさをにじませながら、“あの日”のことを振り返る。あの日とは、2019年5月28日と29日に行われた、第90回都市対抗野球大会西関東代表決定戦のことだ。


 西関東地区の代表枠は2枠。2009年から10年連続で都市対抗本戦出場をしている東芝。三菱重工長崎と三菱日立パワーシステムズ横浜が統合し、投打ともに磨きがかかっている三菱日立パワーシステムズ(MHPS)。そして藤井の所属するJX-ENEOS。この3チームはどこも古くからの強豪チームであるため、少ない枠を競い合う西関東予選は、本戦よりも緊迫したゲームが多いと話す社会人野球ファンも少なくない。


 見ている側にも緊迫した空気感の伝わる5月28日、西関東ブロック代表決定戦となるMHPS戦。藤井はルーキーながらチームの期待を背負って先発すると、野手陣の奮闘もあり、4回までに4点先行。持ち味であるキレのよいストレートも、この日はより一層調子がよく、7回1失点と好成績でマウンドを降りた。エネオスの応援席にいた誰もが、2015年以来本戦出場を逃しているチームの、東京ドーム行きへの切符を現実のものと信じてやまなかった。


 しかし試合は8回に急転。後続の投手が連続適時打を浴びあっという間に同点に追いつかれてしまうと、迎えた9回、2死二塁の場面で、MHPSの4番打者・江越海地の2ランホームランを被弾しての大逆転負けを喫してしまう。さらに翌29日の対東芝戦も逆転負けとなり、都市対抗への道は閉ざされてしまった。


意識を変えるきっかけとなった新監督からの一言


 藤井は試合が終わってからもしばらくグラウンドを後にすることができず、ただただ泣いていたという“あの日”からもうすぐ1年。あんな悔しい思いは二度としまいと、藤井は自分自身の改革をスタートしていた。


 今季から新監督として就任した大久保秀昭監督は、かつてのエネオス黄金期を築き上げた人物だ。その大久保監督から、年賀状を通して「エースとしてやってほしい」と告げられた。藤井曰く直接言われたわけではないが、大学時代は陰の存在だった藤井にとってこの一言は意識を変えるきっかけとなった。



「今までを振り返ってみたら、自分の中では真剣にやっていたつもりだっただけで、何もしていなかったことに気づいたんです」


 それまでの藤井は技術面の強化ばかりに気を取られ、体のケア不足からケガが多かったという。そのため、まずは食事を変えた。白米を減らし、その分たんぱく質を増やす。苦手な酢の物を積極的に摂取するよう心掛け、基礎体力の向上と底上げに尽力した。睡眠は最低でも8時間。エースとして、連戦を投げ抜ける体力と筋力づくりをスタートした。


 すべてはチームを都市対抗へと導きたい。ただその思いひとつだ。1年目の昨季は、がむしゃらにやっているだけで、先輩がフォローしてくれると甘えていた部分もあったが、今は自分がチームを勝たせるという覚悟と責任感が増したという。そして、あの時の悔しさが今も原動力となっている。


「去年の都市対抗はMHPSの補強選手で東京ドームに行きました。開会式で国歌斉唱のときですかね。ふとバックスクリーンを見たんです。そしたらエネオスの広告看板が目に入って。自分が所属している会社は、ここに広告を出しているのに、エネオスのユニフォームを着てその場にいることができない悔しさがこみ上げてきました。絶対にエネオスでここに帰ってくるぞという思いしかなかったです」



あきらめなければいつか絶対に輝ける


 大学時代も冒頭の三人衆の活躍の陰に隠れ、大舞台で実力を披露する機会に恵まれなかったが、“あきらめなければいつか絶対に輝ける”という自身の野球観のもと、藤井は練習を続けた。


「うまくいかずに途中でやめていく人も見てきました。当時同じように試合に出られていなかった上茶谷と“絶対に頑張って上を目指そう”と励ましあっていました。4年次に就任した杉本泰彦監督の指導のおかげでモチベーションが上がった。杉本監督の勧めでエネオスの練習に参加し、縁あって卒業後も野球を続けることができたので感謝しています」


 昨年6月のJABA(日本野球連盟)北海道大会で取材をして、その後ちょっとした会話をすることはあったものの、長く話を聞いたのは久しぶりだった。素直で野球が好きな好青年といった姿から、経験を経てたくましく成長を遂げた姿を見て、チームが掲げる今季のスローガン「ドラマティックチェンジ」を見せてくれるのではないかと期待が沸く。


 大久保監督からの信頼も厚く、「藤井が一番頑張っている。プロを意識するところもあるかとは思うが、夢をかなえてほしい反面、素材だけで行くのではなくて、チームを勝ちに導いてから次のステップに行ってほしい。それが社会人野球の使命」と、評価が高いからこそ、求めるものも大きい。


 従来なら夏の祭典であった都市対抗野球大会が今年はオリンピックイヤーのため11月22日スタートとなった。運命の西関東予選は9月開催だ。通常よりも長い調整期間となり、チームが劇的な変化を見せるまでにはかなりの余裕ができたことになる。


「ストレートはもちろんですが、繊細なコントロールと変化球の向上を課題にしています。それに加えて私生活からすべてをチーム全員で変えていきたい。今は意識を変えたことで毎日が楽しいです。取り組みを変えて自分のためになっていることが分かるから、ワクワクしています」


 自分のすべきこと、目指すものが明確になった藤井からは、エースの風格が漂っていた。大学・社会人と負けず嫌いの“雑草魂”でやってきた藤井は、この秋花を咲かせようとしている。


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(豊島 わかな)

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