脱サラして仕事もお金もなく、片道2000円台の深夜高速バスに乗ってわかったこととは?

1月21日(火)17時0分 文春オンライン


『深夜高速バスに100回ぐらい乗ってわかったこと』(スズキナオ 著)


『深夜高速バスに100回ぐらい乗ってわかったこと』の著者・スズキナオさんは、WEBサイト「デイリーポータルZ」などを中心に活躍する売れっ子ライター。帯の惹句曰く“若手飲酒シーンの大本命、「チェアリング」開祖、ウェブメディア界の真打ち”。何とも偉人感漂う御仁だが——?


「5年ほど前に、大阪出身の妻が地元に戻って家業を継ぐという話が持ち上がり、僕もそれをきっかけに脱サラして、ライターを名乗ってみようと思って。妻は応援してくれましたが、実際は肩身がめちゃくちゃ狭かったです(笑)。仕事もお金もなく、ふるい友達が恋しくなると、片道2000円台という格安の深夜高速バスで東京と大阪を行き来する。そんな日々の中で、取材して書いた記事をまとめたのが本書です」


 深夜高速バスの往復紀行だけでなく、「チェアリング」のススメや、ふだんは客人に供さない「(実)家系ラーメン」考なども本書には収められている。


 そこに貫かれているのは、〈考え方次第で、なんでもない日々を少しぐらいは楽しいものにする〉というモットーだ。


「チェアリングは気軽でコンパクトなアウトドアの楽しみ方。持ち運び用の折り畳み椅子を片手に好きな場所を探し歩き、そこに椅子を置いて腰かけて、のんびり過ごす行為を指します。酒場ライターをしている盟友・パリッコさんと僕が始めたのですが、『いい店に行って美味しいものを食べる』の逆というか、それ以外の楽しみ方があるぞ! という試みです。絶景ポイントでなくても、椅子を置いて、落ち着いて眺めてみると、近所の何でもない風景でも特別なものに感じられるんですよ。


 ただ、チェアリングを面白がって実践してくれる人がいる一方で、『路上に居座るなんてマナーが悪い』という意見も当然あります。最近は世の中が厳しくなって、僕のようにどこにも根付けずにフラフラと暮らしている人間が、ゆるく過ごせる余地が少なくなっている気がします。だからこそ、うまく逃げ道を探していきたいですね」



野毛の名酒場で考えさせられた「酒の道徳」


 その他、昭和の香り漂う懐かしの場所を訪ね歩いたルポも味わい深い。神戸の酒場を知悉する超ベテランライターと飲み歩き、老舗銭湯の鏡に広告を出して、その制作の過程に密着。街の生き字引的な古老たちの証言は、愉快で含蓄に富んでいる。



 今はなき野毛の名酒場「武蔵屋」の最後を見届けようと訪問した際は、「酒の道徳」について考えさせられたという。


「座敷で寛ぐ常連さんに対して、立ち飲み席のお客さんが『あんたらがずっと動かないから、外のお客さんが入れないよ!』と怒鳴り出した場面に居合わせたんです。長年、武蔵屋を支えてきた常連さんにはゆっくりお店の最後を楽しむ権利があるけれど、外で数時間並んでいる人たちがいるのも事実です。どちらの言い分もわかるし、どちらが正義というわけでもないということを突き付けられました。考えれば考えるほど、難しいテーマです……。


 古い店を訪ねるときはいつも、僕はその場にポッと現れた傍観者でしかいられないのだと感じます。その店の歴史を語る権利なんてありません。フラッと店に入った一見の客でしかない寂しさと、それでも惹かれて見てみたいという好奇心の両方がある。これからも、当たり前すぎて素通りされがちなもの、忘れ去られたようにひっそりとあるものに目を向けて、その面白さをすくい上げていきたいです」



スズキナオ/1979年、東京都生まれ。大阪在住のフリーライター。WEBサイト「デイリーポータルZ」などを中心に執筆中。共著に『酒の穴』『椅子さえあればどこでも酒場 チェアリング入門』『“よむ”お酒』など。本書が初の単著書となる。





(「週刊文春」編集部/週刊文春 2020年1月23日号)

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