芥川賞受賞・若竹千佐子インタビュー「子どもよりもまず自分。経験を重ねてわかったこと」

1月23日(火)17時0分 文春オンライン


第158回芥川賞を受賞した若竹千佐子さん


 文学は老年の事業である——。


 かつてそう喝破したのは、昭和の文芸評論家・中村光夫だった。


 その言からおよそ半世紀。現在の「老い」を真っ向から描く意欲作が誕生した。


 若竹千佐子さんの「おらおらでひとりいぐも」。1月16日の選考会で、第158回芥川賞に選ばれた。石井遊佳さん「百年泥」との同時受賞となる。


 受賞決定直後の記者会見、第一声はこうだった。


「人生の終盤でこんな晴れがましいことが私に起こるなんて、もう信じられない……」


 若竹さんは現在63歳。第148回の『abさんご』黒田夏子さん(当時75歳)に次ぐ、史上2番目の年齢での受賞となったのである。


『おらおらでひとりいぐも』は昨年秋の「文藝賞」受賞作で、若竹さんのデビュー作品にあたる。これが芥川賞にも輝いたかたちだ。


 主人公は74歳の「桃子さん」。夫には先立たれ、都市近郊の新興住宅で一人暮らしをしている。描かれる日々の生活には特筆すべきものがなく、およそ小説内でメインを張るような人物には見えない。


「そう、その通りです」


 と作者の若竹さんは、その点をすんなり認める。


「行動としては桃子さん、最初の章では家でお茶をすすって窓から外を眺めるだけ。次の章では娘と電話をして、ひとり缶ビールを飲む。そのあとも病院に出かけて喫茶店に立ち寄ったり、せいぜい夫の周造が眠る市営霊園へと出かけるくらいです」



受賞会見のあとは、選考委員への挨拶、担当編集者らとのお祝いの席に出たあと、ちゃんと木更津へ帰宅した。翌日から取材などが重なり、「家事をするタイミングがなかなかなくて、今は家の中が爆発しています」


 それでも、読み心地はまったく淡白ではなく、濃厚そのもの。そうなっている理由のひとつは、語り口が多様で豊かであること。なにしろ作品冒頭は、こんな文章ではじまる。


〈あいやぁ、おらの頭(あだま)このごろ、なんぼがおがしくなってきたんでねべが

 どうすっぺぇ、この先ひとりで、何如(なんじょ)にすべがぁ〉


 東北弁である。全編にわたって通常の文と東北弁が、混ざり溶け合いながら進むのだ。


「岩手県遠野出身の私にとって、東北弁はいちばん自分に正直な言葉。自分の底にある思いを語るのに適しているんです。標準語だとちょっと着飾って、体裁を繕っているようになってしまいます」



 芥川賞の選考会でも、言葉にパワーがある点が高く評価された。


「東北弁にかぎらずどこの方言にも、そこに生きてきた人の匂いや味があると思います。私はたまたま東北に生まれたというだけで、誰に教わったわけでもないけれど、言葉を通して東北人であることの誇りと喜びを感じ取ってきました」


 作品を濃厚な味わいにしているもうひとつの理由は、「桃子さん」の内面の声が噴き出し、全編に満ちているから。


〈桃子さんはさっきから堰を切ったように身内から湧き上がる東北弁丸出しの声を聞きながらひとりお茶を啜っている。〉


 と書かれるように、「桃子さん」は波風の立たない平凡な日常を送りながら、心の中はひじょうに忙しい。


「おばあさんの内面の生活が書きたかったんです。だからこの作品は、大半が桃子さんが脳内で自分と会話することで展開されるようになっています」


 それで亡き夫との思い出、疎遠になってしまった娘・息子との関係、婚約相手から逃れて上京したりもした「桃子さん」の半生が、現在の「桃子さん」の生活とつながったり離れたりしながら開陳されていく。


 鳴り響く内心の声に耳をすませて考えを巡らせているうちに、家の中で場所を移動しているなど、平気で現在と過去が境い目なくつながったりする。標準語と東北弁がランダムに登場することも相まって、いくつもの声が同時に鳴り響くような感覚に陥る。



 小説を書く上で影響を受けたのは、町田康、深沢七郎、石牟礼道子ら日本文学の作家。文学以外では河合隼雄の著作をよくひもとく。


「父がよく唸っていた浪曲で、地の文が低い声で語られつつ、登場人物ごとに声音を変えて描写が進む表現に親しんでいました。その重層的なあり方がおもしろくて、ぜひ小説でこれをやりたいと思いました。


 それに、以前ミュージカル『レ・ミゼラブル』を観たんですが、舞台上の人物が同時にいろんな曲を歌うあのにぎやかな感じもよくて、そういう小説ができないかと考えました。


 桃子さんの話にそれを落とし込むとすると、いくつもの声がすべて脳内で鳴るかたちにしなければいけない。それでいろいろと自分なりに工夫しながら書き進めていきました」


 そうして若竹さんは、千葉県木更津市の自宅で日々の暮らしを営みながら、じっくりと筆を進めていった。


「外部からの締め切りなどはもちろんないので、あれこれ想像を膨らましたり、記憶を探ったりしていたら、書き終えるまでに結局2年間を費すことになりました」


 じっくり考えることで生まれた会心のシーンは?


「自分でうまくいったと思ったのは、霊園へ向かう桃子さんが足を滑らせて怪我をするところですね。夫の死の悲しみを改めて反芻する桃子さんの内面と、今の現実をどうリンクさせるかずっと長い時間考えていたんです。怪我による物理的な痛みを桃子さんに体験してもらうことで、うまく現在と過去の橋渡しができたんじゃないかと思います」



「おらおらでひとりいぐも」では、「桃子さん」と子どもたちとの関わりもつぶさに描かれていく。


 理由もなく疎遠になった娘との距離が、最近縮まったことに喜んだのも束の間、ちょっとした行き違いであっけなくまた広がってしまう。


 息子とも離れて暮らし、以前に息子を騙る電話に引っかかりオレオレ詐欺にも遭っている。


 読者には「桃子さん」の内面の声がよくわかるだけに、いっそう切ない。





 そうして、「桃子さん」は、思いを吐露する。


〈ほんとは子供より自分がだいじだったのだ〉


 親子関係についての本音が漏れて、誰しもドキリとさせられる。


「そういう言い方って、いわばタブーのようになっていますよね。日本の社会では、自分のことなんかよりもとにかく子どもが大事。それが親心だというのが常識になっている。


 でも本当は、『子どもよりもまず自分』じゃないですか? そのほうが結局は子どもにとってもいいことになる。だって、お前のために私は生きているだなんて親に言われたら、子どもは負担に感じます。お前だけが大事だと言い過ぎることは、子どもの生き方、考え方、選択肢を狭めてしまう気がします。


 本当は自分のほうがずっと大事だという桃子さんの姿勢のほうが正しいし、子どもにとってもいいんだと信じて書きました」


 なるほどそう説明されれば納得なのだが、そうした本音も現役の子育て世代はなかなか口にしづらいもの。「桃子さん」のような老齢に達したからこそ言えることではないか。


「そうなんです。人生でいろんな経験をして、自分の肌で感じてわかってきたことだから大胆に言える面はあると思います。おばあさんって、捨て身になれるんですよ。社会や家庭に対する役割を外れて、世の中から何かを期待されることもなくなってくる、そうすると制約なんてなく吹っ切れた感じになれます。


 私は私に従えばいいんだ、私の考えで人生観や哲学を語ればいいんだとはっきり自覚できる年代に、桃子さんは足を踏み入れているわけです。


 老境になって得られる、孤独ではあるけれど自由な感覚。そのあたりを私は小説にしていきたい」





 おばあさんだからこそ言えることがある。若竹さんにそう力強く断言してもらうと、「桃子さん」の同世代や、老いを意識する年代には心強いかぎり。


「今の若い人は違うかもしれないけれど、私たちの世代は『〜ねばならない』という考えのもと生きてきたところがありますからね。自分は常に一歩引いて夫に従い、家庭の幸福を第一に考えるのがふつうだと思ってきました。


 いつのまにか課せられていたそうした枷を取り払ってあげたら、おばあさんは何をどう考えるものなのか。そこは本当におもしろそうで、それだけをテーマにしても、これからずっと小説を書いていけるんじゃないかと思っています」



 若竹さんの声を聞いていると、不安や諦観が先に立つ「老い」へのイメージがだんだん変化してくる。老いるとは豊穣で楽しくて、待ち遠しいものなのかもしれないではないか。


「私もそういうつもりで『おらおらでひとりいぐも』を書いていたんです。でも私でも、じつはまだ少し若かったみたい。というのは最近、坐骨神経痛になりまして。これって脚がすごく痛くなるんですよね。これはたいへんだ、私は本当の老いをまだまだわかっていなかったと痛感しました。作品の中で桃子さんは、足を痛めているのに墓詣りの長い道中を行きます。なんて過酷なことをさせてしまったんだろうと反省しました(笑)。


 老いとは肉体的な衰え、痛みや苦しみとも道連れ。私はいったいどうなっていくんだろうという不安をいつも抱えて生きていくことになる。そこがまだ本当にはわかっていなかった。


 今63歳の私は、これから老いていきます。自分が体験する老いを同時進行で書いていけば、桃子さんの物語とは違った小説もできる気がします。私の老いも小説も、まだまだこれからですね」



©山元茂樹/文藝春秋


 作中、「桃子さん」はこんなことを考える。


〈人は誰にだってその人生をかけた発見があるのではなかろうか。〉


〈桃子さんの場合は「人はどんな人生であれ、孤独である」というひとふしに尽きる。〉


 人生の終わりにかけて、これを見つけるために人生があったんじゃないかと考えられる一語があるのではというのだ。そういうものかもしれない。では、若竹さんにとっての、かけがえのないひとふしとは?


「そうですね、私も桃子さんと同じように、人生は孤独なものだと思うんですよ。夫が元気なときも私たちは仲の良い夫婦だったとは思いますが、それでも人は根本的に孤独なものという感覚は持っていましたしね。


 だけど、孤独というのは必ずしもマイナスじゃないとも感じています。孤独だからこそ人は自分との対話を繰り返して、いろんなことを内心から見つけていくことができる。


 孤独であり、孤独を友にする。それが生きているおもしろさなんじゃないでしょうか。私は外界よりも自分の内側を見たいタイプなので、よけいに孤独をよしとしてしまうのかもしれませんけれど。いろんな老いや孤独のかたちを、小説を書くことでしっかり見つめていきたいです」





 学生時代から小説に憧れ、書くことは続けてきたという若竹さん。けれど主婦として生活に追われ、本格的に執筆をする機会はなかなか訪れなかった。


 55歳のときに夫を亡くし、寂しさを紛らすつもりもあって小説講座に通い出し、改めて腰を据えて執筆しはじめた。


 63歳になる現在まで、小説への思いが途切れなかったのはなぜか。


「思えば私は、表現したい人だったんですね。それが私の欲望の一番の大本として、いつもあった。その欲望に素直に従ってきたから、60歳を過ぎるまで飽きずに小説との関わりを続けられたんだと思います。


 河合隼雄さんの著作が好きでよく読んでいるんですが、河合さんは言っています。人は自分のために生きるとき、いちばん力を出せるのだと。もっともだなと思います。いつも自分の本当の欲望を実行しようとしていれば、それは何であれ苦になったり途中で投げ出したりはしないものなんじゃないでしょうか」


写真=白澤正/文藝春秋




(山内 宏泰)

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