大英博物館「大春画展」 日本凱旋できぬ訳は委縮と自主規制

1月24日(金)7時0分 NEWSポストセブン

 英ロンドンの大英博物館で開催され、好評のうちに閉幕した「大春画展」(2013年10月3日〜2014年1月5日)。その春画が、いまだ故郷に錦を飾れない理由を、朝日新聞が報じた。日本の美術館事情を惜しむ内容なのだが、春画展が開催できない理由のひとつは、何を隠そう朝日にこそあったのだ──。


「本来は今年の春先から日本でも巡回展を行なう予定でした。美術館など受け入れ側も意気込んでいたんです。ところが、話半ばで予定されていた主催者が降りてしまったんです」(「大春画展」関係者)


 その主催者のひとつが朝日新聞だったというのだ。そもそも朝日は大英のスポンサーとして博物館内に展示スペースを持ち、過去にも『大英博物館古代エジプト展』の日本巡回展を主催するなど、大英と日本の美術館をつなぐ架け橋ともいえる存在だった。


 それだけに今回の「大春画展」も当然朝日主導で巡回展が進められるはずで、朝日サイドも最初は乗り気だったのだという。なぜ、朝日は急に逃げ腰になったのか。朝日関係者がいう。


「最終局面にきて、“青少年に有害だという抗議が来たらどうする?”という声が社内の一部からあがった。そこから、“当局の規制に引っかからないか”“他メディアから批判されないか”などと、開催を巡ってネガティブな意見もあり、ついにストップがかかった」


 朝日には展覧会の主催などを担う文化事業部という部門がある。最終的にはそこが、「開催は難しい」との判断を下したという。先の同展関係者がいう。


「企画が頓挫したことを聞きつけた朝日の記者が取材にやってきたんです。“なぜ日本では開催できないんですか?”と聞いてきたので、“おたくの文化事業部にお聞きになったら”といったんです。その記者は事情を知らなかったようで、驚いていましたが」


 朝日が主催者を降りたのは「展示を許可する会場がない」ということも、その一因のようだ。


 当初は、大英の日本でのカウンターパートともいえる東京国立博物館(東京・上野)での開催が検討されていたが、「やはり難しい」という判断に至った。それと前後して、朝日が主催者から降りると同展関係者に連絡があったという。その時点で会場もスポンサーも完全白紙になった。前出の同展関係者がいう。


「のべ20か所以上あたりました。最初は公立の美術館や博物館、そこがダメなら民間の美術館、さらに商業施設と……どこも最初の反応は良いのですが、話を詰めていくと“やっぱり難しい”となる。公立の美術館は教育委員会など“お上”の反応を恐れ、民間の美術館はマスコミの批判を恐れ、そのマスコミも些細な抗議を恐れる。みんな勝手に自主規制をして、萎縮してしまっている」


 確かに明治から戦後にかけて、春画は当局の取り締まりの対象ではあった。しかし、今から20年以上前には出版物としては事実上解禁され、現在は書店に多数の関連書籍が並ぶ。当然ながら、現在に至るまで一度も摘発はされていない。


 特別学芸員として同展のプロジェクトに参加していた、立命館大学衣笠総合研究機構ポストドクトラルフェローの石上阿希氏がいう。


「大英では年齢制限だけでなく、内容の自主規制も行なった。子供が描かれていたり暴力的な描写は極力避けました。日本でも同じような配慮ができるはず。


 しかし、日本ではそんな議論に発展するところにすら至っていません。その前段階で“できない”と結論が出されてしまう」


※週刊ポスト2014年1月31日号

NEWSポストセブン

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