真行寺君枝、高2で資生堂ポスターに抜擢された感動の思い出

1月24日(水)7時0分 NEWSポストセブン

1976年、資生堂のキャンペーンで大抜擢

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 戦後の混乱から高度経済成長を経て、バブル景気で頂点を極めた激動の時代の中で、様々な商品やサービスが次々と生まれ、国民の消費意欲を大いに喚起した。そんな昭和の時代の広告ポスターには、数々の名女優が登場していた。そうした中、1976年、資生堂の秋のキャンペーンで抜擢されたのは真行寺君枝だ。当時は無名の高校2年生。本人が、その時の思い出を振り返る。


 * * *

 資生堂の秋のキャンペーンのオーディションに合格した1976年、私はまだ高校2年生でした。モデルの仕事を始めて間もない時期で、撮影テストや面接など、選考に半年以上かかりました。


 起用が決まった時、とっても嬉しかったです。モデルを目指す新人にとって、資生堂の広告に出るのは夢であり最高のステイタスでした。才能豊かなトップクリエイターの方々と時代の最先端を走る現場を味わえるのですから、高校生ながら期待に胸が膨らみました。


 このポスターは、静岡県浜松市に地上5メートル以上のセットを組み上げ、2週間かけて撮影しました。驚いたのは、それは見本を作るためだけの撮影で、後日同じことをもう一度したことです。1枚のポスターに賭ける情熱、これがプロの仕事なのかと深く感動したのを覚えています。


「ゆれる、まなざし」というコピーもキャンペーンが始まる直前まで知らされませんでした。ある撮影の時に、スタッフからそっと紙を渡されて「声に出さず、黙読して」といわれました。絶対に漏らしてはならない重要事項としてコピーが扱われていたのです。仕事をしていくうえでの基本と醍醐味を同時に学んだ貴重な経験でした。


【プロフィール】しんぎょうじ・きみえ/1959年、東京都生まれ。1976年、資生堂・秋のキャンペーン「ゆれる、まなざし」でモデルデビュー。1979年のTBSドラマ『沿線地図』で女優デビュー後、映画にも多数出演。1992年に初のヌード写真集『made in love』出版、2016年にはコスメティックメゾン「うつくしく」を創業するなど、その活動は多岐にわたる。


◆取材・文/小野雅彦


※週刊ポスト2018年2月2日号

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