生前退位問題で左派が沈黙した背景に天皇の存在感の変化

1月24日(木)7時0分 NEWSポストセブン

作家で元外務省主任分析官の佐藤優氏

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 終戦まで現人神(あらひとがみ)だった天皇は畏怖の対象だったが、人間宣言の結果、いまでは天皇は身近な親しみやすい存在となった。作家で元外務省主任分析官の佐藤優氏と思想史研究者・慶應大学教授の片山杜秀氏が、皇室と日本について語り合った。


 * * *

片山:どんなに近づいても親しみを覚えても、日本人にとって天皇は神であることに変わらない。天皇をただの人間と捉えるのは、あまりにも原理主義的な考え方でしょう。神だったはずの存在が、人間のなりをして手を振ってくれるから、日本人はありがたがるわけです。


佐藤:だから、神がより身近になったわけですね。


片山:そう思います。ただの人間なら愛新覚羅溥儀のように1人の人民になればいい。でもそうはならなかった。そこに天皇制を廃して、共和制に移行しようという議論に進まない鍵があるような気がします。


佐藤:もしも60年代、70年代なら生前退位が問題になったとき、左派の論客や政治家は間違いなく共和制への移行の議論を行ったはずですからね。


片山:でも今回は誰も共和制に触れようともしなかった。それはご指摘のような天皇の存在感に変化が起こったからと言えますね。


佐藤:片山さんが『未完のファシズム』で明らかになさったように、戦前の日本のファシズムが未完で終わるのは、天皇の存在があったからです。日本で天皇を越えようとする権力を持とうとすると、必ず反発が起こる。だから国を1つに束ね切れなかった。


 その構図はいまも生きていると思うんです。私はのちに平成、そしてポスト平成は「未完のファシズム」ならぬ「未完の新自由主義」の時代と評されるのではないかと考えているのです。



片山:平成に入り、小泉純一郎と竹中平蔵が構造改革を行って、新自由主義を推し進めようとしましたが、中途半端に終わってしまった。確かに日本で新自由主義は完成していない。


 しかしその過程で、これまで社会の中心だった地域や組織などが崩壊し、その構成員だった一人一人の国民が個として独立するアトム的な社会が生まれてしまった。


佐藤:そこが現代社会を読み解く上で重要な点と思います。では、なぜ日本で徹底した競争が浸透しないのか。それは、アトム化した個々が中途半端に結びつこうとするからではないかと思うのです。


片山:なるほど。戦前は天皇のくびきで日本は束ね切れず、平成はそのくびきがアトム化した個々を結合させていると。


佐藤:そう感じます。学生を見ていてもアメリカや中国でグローバルスタンダードの切った、張ったの勝負に出ようとしないでしょう。留学する学生も減った。保守は保守でも、生活保守主義が蔓延している。


片山:生活保守主義とポスト平成という言葉で連想するのが、皇太子です。皇太子と言えば、多くの人が雅子妃に関する「人格否定発言」を思い出すのではないでしょうか。あの発言で家族を必死になって守るイメージが国民に定着した。


佐藤:おっしゃるように皇太子は、自分の家族だけを大切にする戦後の核家族のイメージに重なりますね。


片山:何よりも今上天皇は象徴として被災地や沖縄に足を運び続けたが、皇太子はどんな価値観や考えを持っているのか。それがまったく見えてこない。



佐藤:皇太子は菊のカーテンに守られています。一方、国民に身近さを感じさせる役割を弟の秋篠宮が担っている。ただ眞子内親王の婚約内定者の小室圭さんの登場で、宮内庁の危機管理能力の欠如が明らかになった。


片山:あれには心底驚きましたね(苦笑)。危機管理どころか、身体検査も行われていなかったとは……。


佐藤:冒頭の秋篠宮発言に話を戻せば、官邸と皇室の対立は今上天皇の譲位で終結するのではなく、次の代に継承されることが明らかになった。それがポスト平成にどう影響するのか。


片山:次の天皇が戦後民主主義を守ってきた今上天皇の立場を引き継ぐのかがポイントになりますね。


佐藤:新しい時代が訪れたとき、我々は2016年のおことばとあの秋篠宮発言が、日本のターニングポイントだったと思う日がくるのかもしれませんね。


◆さとう・まさる/1960年生まれ。1985年、同志社大学大学院神学研究科修了後、外務省入省。主な著書に『国家の罠』『自壊する帝国』など。片山杜秀氏との本誌対談をまとめた『平成史』が発売中。


◆かたやま・もりひで/1963年生まれ。慶應大学法学部教授。思想史研究者。慶應大学大学院法学研究科博士課程単位取得退学。『未完のファシズム』で司馬遼太郎賞受賞。近著に『ベートーヴェンを聴けば世界史がわかる』。


※SAPIO2019年1・2月号

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