映画『嗤う蟲』は深川麻衣の「目力」がスゴい。まさかの「田舎がイヤだ映画」が5本も同日公開!?
2025年1月25日(土)20時25分 All About
深川麻衣、若葉竜也、田口トモロヲの実質的にトリプル主演といえるスリラー映画『嗤う蟲』の魅力を解説します。いい意味での「田舎がイヤだ」映画であり、類似ジャンルの映画がまさかの複数同日公開されていたのです。(C)2024映画「嗤う蟲」製作委員会
本作のあらすじは、スローライフに憧れて都会から村へと移住してきた若い夫婦が、初めこそ静かな暮らしを満喫するも、やがてその場所の恐ろしい「掟(おきて)」を知り、もう戻れない「生き地獄」へと足を踏み入れてしまうというもの。端的に言えば、いい意味で「田舎がイヤだ映画」系譜の最新作です。
とはいえ、本作は陰惨で人を選ぶ映画というほどでもなく、なかなか親しみやすい作風でもあります。「こういうことあるよね」と納得してしまう「田舎のイヤなところあるある」を前提に、ハラハラドキドキのサスペンス、さらには爆笑もののブラックコメディー的な要素を備えていたりもするのですから。
なお、PG12指定がされていますが、その理由は「違法薬物吸引の描写がみられる」からであり、直接的なエログロ描写はほぼないのでご安心(?)を。さらなる魅力を記していきましょう。
初めは常識的で良い人だと思えたのに……が怖い
本作でまず面白いのは「ちょっと距離感が近いけどフレンドリーな村民たち」とのコミュニケーションの過程です。おすそ分けを振る舞ったり、何かと世話を焼いてくれるし、自治会の存在を話しつつも「無理に入らなくてもいい」と強制してもこないし、「なんだ、常識的で良い人たちじゃないか」と、“初め”は思えるのです。しかし、「子作りは頑張っとるだか」「早い方がいい」などとやたらと子どもを産むことを求めてくる上に、果ては引っ越し祝いと称して妊娠検査薬を渡してきたりもします。SNSよりも早く自分たちの情報が拡散されている状況に、主人公の夫婦は「田舎、恐るべし」とあくまで軽く笑い合うのですが……次第に「笑えない」状況に陥ってくるのです。
ぜひ恐れ慄いてほしいので詳細は秘密にしておきますが、住んでいる家に対してとある嫌がらせ(?)をされたり、それに伴って村民へのパワハラも横行していることが分かったり、さらには村で「何か」が行われていることも徐々に明らかになって……その不穏さが積み重なった先で、夫はとある決定的な「弱み」を握られてしまうのです。
スキあらば子作りをすすめてくる村民たち、村で行われていた「何か」、そして決定的な「弱み」、それぞれは客観的にはやや現実離れしているようでいて、根底にはやはり「こういうことは田舎や閉鎖的なコミュニティーでは起こり得る」と、多くの人が想像できるからこそ恐ろしく思えることでしょう。
ちなみに、城定秀夫監督は『アルプススタンドのはしの方』や『女子高生に殺されたい』などで映画ファンからの評価も高く、その作品群は「“普通”からはみ出てしまった人物が異なる価値観や場所で成長また変質していく」ことでほぼ一貫しているという確かな作家性があり、本作でも例外ではありません。
さらに、脚本を担当したのは、『ミスミソウ』『許された子どもたち』などを監督として手掛け、人間の悪意をたっぷり込めた「地獄巡り」のような作風が絶賛されてきた内藤瑛亮。この2人のタッグでこそ、「ムラ社会のダークサイドを容赦なくえぐるヴィレッジ〈狂宴〉スリラー」という触れ込み通りの内容に仕上がっています。
田口トモロヲ、若葉竜也、深川麻衣のここがスゴい
本作の面白さに大きく貢献しているのは、実質的にトリプル主演といえる3人の演技です。フレンドリーな笑顔を含めてどこか不穏で怖い自治会長役の田口トモロヲ、理解力があるようで流れやすい夫役の若葉竜也、そして徐々に不満をためていくイラストレーター役の深川麻衣と、3者がこれ以上はないと思うほどのキャラクターへの説得力を持たせていました。城定監督によると、現場では田口トモロヲに「“村のために”という真面目な気持ちが行き過ぎて、ちょっと笑える部分が出てもいいんです」とキャラクターを説明をしていたそうで、「ノビノビとやってほしいな、と思って自由にやってもらったんですけど、すごく楽しそう」となった一方で、「これは面白過ぎるな、と思うこともあって、ちょっと抑えてもらった」こともあったのだとか。これらの言葉通り、怖いけれど「真面目だから笑える(でもふざけ過ぎない)」役を楽しく演じた田口トモロヲを期待してみてほしいです。
若葉竜也は「優しくて理解のある夫であるようでいて、弱さや危うさもある」役柄。ちょっとしたところに見える頼りなさや偏見から、「自分もこういうことを言わない、やらないようにしよう」と身につまされる人は多いでしょう。それは映画『市子』での役回りにも近いところがあり、「良い人にも悪い人にも見える」若葉竜也というその人の「らしさ」も相まって、複雑な人物造形になっていると思えるのです。
そして、深川麻衣について。今回の素晴らしさは彼女の「目力」にあります。映画『人生に詰んだ元アイドルは、赤の他人のおっさんと住む選択をした』でのやさぐれた態度の表現も見事でしたが、今回はだんだん精神的に疲弊し目に力がなくなっていき、とある場面で浮かべた絶望の表情には見ているこちらも泣きそうになるほど。さらにはとある光景を眺め、文字通りに“目に力を取り戻していく過程”も表現。深川麻衣の「目力」で表現する感情の見せ方には、大きな感動があったのです。
そして、3者のアンサンブルがあってこそ、もはや「爆笑するとともに感動する」のはクライマックスです。そこで展開する「火まつり」は、制作部が実際に火祭りをやっている地域への参加と撮影を試みたものの「こういう内容」のためにことごとく断られた結果として、映画オリジナルで作り上げたものだそう。そこには「本当にありそう」なリアリズムと画の美しさがあり、その前後にある深川麻衣演じる主人公の「吹っ切れた」行動にはすがすがしさも同居していました。
ちなみに、『嗤う蟲』というタイトルの意味は劇中では説明されていませんが、「単に蟲(むし)がたくさん出てくるから」「村全体のこと」「田口トモロヲ演じる自治会長のこと」はたまた「主人公夫婦のこと」といろいろと考えてみるのも面白いでしょう。「人を見下してあざけり笑う」という意味の「嗤(わら)う」は、できればしたくないものですが……劇中と同じような状況に陥ると、「そうなってしまう」こともあるのかもしれません。
まさかの「田舎がイヤだ」映画がほかにも同日公開!
実は1月24日より、奇しくもこの『嗤う蟲』と同様の、「田舎にやってきたら恐ろしい目にあう」というスリラーまたはホラー映画が同日公開されるというミラクルが起きています。4本を一挙に紹介しましょう。1:『ミッシング・チャイルド・ビデオテープ』
「第2回⽇本ホラー映画⼤賞」で⼤賞を受賞した短編映画の長編化作品。幼い頃、失踪した弟がいなくなる瞬間が映されたビデオテープを見た青年が、その謎を解こうとするホラーであり、「ノーCG」「ノー特殊メイク」「ノージャンプスケア(突然大きい音で驚かせることはしない)」という触れ込みがされています。現実にある「不法投棄」という犯罪を参照しており、主人公が向かうのは「捨ててはいけないものも捨てられる⼭」です。その場所で断片的に「この場所で何があったのか」が語られるものの、少なくともその時点でははっきりとはしない、「腑に落ちる」ような回答を簡単には示してくれません。派手な演出を排した「静」の演出で見せていくこともあって、受け手の想像力を喚起するような恐怖を大いに感じられる傑作でした。
2:『悪鬼のウイルス』
同名小説の映画化作品。都市伝説調査の動画の撮影のためYouTuberの若者たちが消息不明となり、彼らのビデオカメラには驚がくの映像が残されていた……という、初めこそ「フェイクドキュメンタリー」的な内容に思えるのですが、メインとなるのはむしろ思いっきり派手な「アクションホラー」であり、いい意味で『ミッシング・チャイルド・ビデオテープ』とは対象的な内容です。
特に吉田伶香の「鉄パイプ」を用いた立ち回りや、『ヴァチカンのエクソシスト』を連想させる田中要次の佇まいや闘い方にほれぼれとする人は多いのではないでしょうか。中盤からはホラーとしてはスタンダードな「あのジャンル」になりつつも、その後もサプライズとエンタメ性でグイグイ持っていく、あなどれない1本です。PG12指定であり、簡潔な殺傷・流血の描写がそれなりにあることにはご注意を。
3:『ヌルボムガーデン』
韓国の実在の心霊スポット「ヌルボムガーデン」を題材にしたホラーであり、自ら命を絶った夫が生前に購入していた郊外の邸宅に住み始めた女性に、さまざまな恐怖が襲い来るという内容です。いわゆる都市伝説を根底にしつつも、ミステリー要素で引っ張り、さらにはさまざまなアイデアの超常現象もあるなど、90分という短めの上映時間に要素を盛り盛りにした内容となっていました。
個人的に最も恐ろしかったのは、「子どもの証言」に関する事柄です。とある恐ろしい目にあったはずの主人公のめいっ子とおいっ子が、翌日にはまったく異なることを口にしており……その理由が明かされる瞬間のサプライズには悲鳴を上げそうになりました。「新しい場所に住む」ことへの不安をストレートに恐怖へと変換した内容といえるでしょう。こちらもPG12指定で未成年の飲酒描写があるほか、なかなかショッキングな残酷表現があるのでご注意を。
4:『おんどりの鳴く前に』
ルーマニアのアカデミー賞にあたるGOPO賞で作品賞・監督賞・主演男優賞など6冠に輝き、高い評価を得た作品。斧で頭を割られた惨殺死体を巡って連鎖的に何かが起こっていくという、どこか淡々とした雰囲気も含めて映画『ファーゴ』を連想させる犯罪サスペンスであり、ブラックコメディーです。
果樹園を持つことを希望とする独身の中年警官である主人公を筆頭にして、キャラクターそれぞれにどこか「正しくない」部分があり、村での洪水被害を経たそれぞれの思惑が積み重なり、とんでもない事態を引き起こしてしまう様子には、「人間は等しく、愚か。」というキャッチコピーの意味を痛感できるでしょう。クライマックスからラストにかけてのインパクトも絶大なものでした。こちらも簡潔な殺傷・流血の描写によりPG12指定がされているのでご注意を。
「田舎暮らし最高!」な映画を併せて見てみるのもいいかも?
ちなみに、1週前の1月17日より劇場公開中の『サンセット・サンライズ』は「田舎暮らしは天国!」な様が描かれるコメディードラマでした。全編で主演の菅田将暉がかわいらしくて癒されますし、これらの「田舎がイヤだ映画」を見た後には、こちらを見て中和(?)をしてみるのがいいのかもしれませんよ。
この記事の筆者:ヒナタカ プロフィール
All About 映画ガイド。雑食系映画ライターとして「ねとらぼ」「マグミクス」「NiEW(ニュー)」など複数のメディアで執筆中。作品の解説や考察、特定のジャンルのまとめ記事を担当。2022年「All About Red Ball Award」のNEWS部門を受賞。
(文:ヒナタカ)