橋爪大三郎氏「国家緊急権」があればシン・ゴジラも怖くない

1月25日(水)16時0分 NEWSポストセブン

社会学者の橋爪大三郎氏

写真を拡大

 憲法より大事なものがある。社会学者・橋爪大三郎氏はあえてそう言う。未曾有の国難に襲われた際、政府は憲法や法律に違反する行動をとることができる。その“究極の権力”を「国家緊急権」と呼ぶ。


 * * *

 昨年「シン・ゴジラ」が話題になりました。首都圏に出現したゴジラに街は破壊され、放射能に汚染される。総理ほか閣僚も死亡する。まさに国家の緊急事態です。


 映画では、外遊中の農水大臣が総理代理に就任し、主人公の長谷川博己演じる内閣官房副長官がゴジラ特命担当大臣に任命され、ものの見事に国難に対峙していく。


 しかし現実にはそんなスムーズに臨時政府ができるはずはない。組閣するには、煩雑な手続きが必要です。突然、ゴジラに襲われた街の市民にしても、避難しようにも手段がなかったはず。


 あるいは、それぞれが勝手に退避しようとして渋滞や混乱が起きて退避できなかったでしょう。


 さて、ここで現実の話に戻ります。人間には、命の危険が迫っているときに逃げる権利はある。けれど、無秩序に逃げると、さらに犠牲者が増える。そこで統制が必要になる。


 統制とは命令です。たとえば、「子どもと老人、入院患者の避難を優先する」「A地区の避難がすみ次第、B地区」といった具合です。求められるのは効率的で最善の解決策です。


 しかし平和時の法秩序憲法や法律で、それは難しい。たとえば、現在の法律で避難指示を出せるのは地方自治体の首長です。それぞれの首長が独立して意思決定するので、A県知事はB県への避難を指示したけれど、B県は受け入れできないなんて状況が起きるかもしれない。


 だから、国民の命を守るため、法律や憲法に基づかない行動に踏み切る必要がある。その権限を国家緊急権と呼びます。


 ここで想定される緊急事態とは通常の方法では国民の命や人権、財産が守れない突発的な出来事です。その種類や性質は様々で、対応もまるで変わります。


 放射性物質の拡散が起きれば、「関東平野からすべての人々は48時間以内に退避せよ」と、人類を脅かす感染症が大流行したら「海外渡航を禁止せよ」と緊急命令を下さなければならないのです。


 法治国家で緊急事態が起これば、まずは法に従って対応しようとします。状況に応じ、警察や行政官庁が動く。


 でも緊急時にもっとも高い能力を発揮できるのが軍隊です。法律に縛られた警察などの行政組織とは違い、独立の通信、運輸、武器を持ち、不測の事態に対応する訓練を受けている。


 多くの国では、緊急事態が発生すると政府の権限の一部かまたはすべてを一時的に軍にゆだねる戒厳令を敷くことができる。戦前の日本もそうでした。でも日本には軍がない。


 日本には自衛隊がいるじゃないか、と思うかも知れない。でも、両者は違う。例えば自衛隊の災害派遣は原則、自治体の首長の要請を受けてからでないと動けない。災害が広域に跨がっただけで動きが鈍くなる。


 国家緊急権の重要性が分かってきたでしょうか。では、実際にどうするか。その規定を憲法や法律に書けばいいのか。でも想定外を想定するのは不可能。明記することで法律に縛られ、政府が必要な行動がとれなくなるという弊害が出ます。


 私は、超党派で国家緊急権発動後の事後手続きをどうするかだけ考えておく必要があると考えます。


 緊急事態が過ぎ去り、社会がもとの憲法秩序に戻れば、緊急時に政府が何をしたのか、逐一検証していくことになります。


 国家緊急権は、緊急権が必要なくなることを目的に発動される、あくまで非常措置です。とするなら検証作業は、従来の憲法に定めてある組織で、手続きを行うべきです。


 政府が行った行為がその後も継続して効力を持つのか。政府の行為は正当だったのか。国内外でどんな契約が交わされたのか。補償は必要か。かかった経費は予算から支出するのか。そのような想定を行って検証を進める手続きを決めておくことが、国家緊急権を行使する準備と言えます。


 軍を持たない戦後の日本がこれまで戒厳の布告も国家緊急権の発動もせずにやってこられたのは、在日米軍の存在があるからです。


 東日本大震災を思い出してください。福島原発の災禍が伝えられるなか、在日米軍が危険を顧みず真っ先に救援活動に乗り出してくれました(トモダチ作戦)。彼らは日本の法律に縛られない独自の行動をとれる。そのおかげでこれまで日本では国家緊急権について深刻に考える必要はありませんでした。


 しかしトランプ政権誕生で、その前提が大きく変わった。仮に在日米軍が撤退したら安全保障問題とともに、国家緊急権の問題が突き付けられるはずです。そのためにも今、国家緊急権を知る必要があるのです。


【PROFILE】はしづめ・だいさぶろう/1948年神奈川県生まれ。東京大学大学院社会学研究科博士課程単位取得退学。東京工業大学名誉教授。著書に本テーマを論じた『国家緊急権』(NHKブックス)、『はじめての構造主義』(講談社現代新書)、共著に『あぶない一神教』(小社刊)など。


※SAPIO2017年2月号

NEWSポストセブン

この記事が気に入ったらいいね!しよう

ゴジラをもっと詳しく

BIGLOBE
トップへ