現役引退した元阪神・横田慎太郎氏が語った「奇跡のバックホーム」

1月26日(日)11時0分 文春オンライン

 独り言のように何度もつぶやいた。「あ〜やばいっす……緊張がやばいっす」。1月12日、大阪・難波のスポーツバー「Dijest」に集まった144人の表情は様々だった。目を潤ませる人もいれば、笑顔を浮かべる人もいる。それぞれの眼差しを送りながら“主役”の登場を今か今かと待っていた。


 慣れ親しんだ“24”を背負っていないからだろうか。MCの呼びかけでステージへ歩を進める姿はどこか頼りなさげでも、ヒシヒシと伝わる緊張感がこの場に対する「出力」の大きさを表していた。昨年限りで現役を引退した元阪神タイガースの横田慎太郎氏が、初のファンミーティングを開催した。“みんなにありがとうを伝えたくて”——。サブタイトルには純度100%の思いが込められていた。


「引退してから、応援してくれた方々に感謝の気持ちを伝える場があれば良いな、と思っていて。こういう話をいただいて、是非やらせていただきたいと思って。でも、僕なんかのイベントに集まってくれる人がいるのかなって正直不安な部分もあって。チケットも売れたとしても3、4枚かなって……」


 そんな心配はまさに“一瞬”にして払拭された。昨年の12月中旬にオンライン上でチケットが発売開始となると、わずか数分で144枚は完売。運営側は迅速に別日にも会場を抑え、予定になかった第2回の追加開催を決定した。横田氏が「ありがとう」を伝えたかったファンの多くもまた、溢れんばかりの「ありがとう」を同氏に伝えたかった。



初のファンミーティングを開催した横田慎太郎氏 ©asami fujimoto


今でも信じられない……引退試合で生まれたビッグプレー


「横田慎太郎」という存在を知らなくても「奇跡のバックホーム」というワードを耳にした人はいるかもしれない。引退試合として行われた9月26日のウエスタンリーグ・ソフトバンク戦。守備から途中出場し、8回2死二塁からセンター前へ飛んだ打球を処理すると、そのままバックホームして本塁刺殺というビッグプレーをやってのけた。1人の外野手として見れば、それ以下でも以上でもない「好守」でも、その瞬間を目の当たりにした人たちの誰もが、「野球の神様」の存在を信じたはずだ。


 17年春に患った脳腫瘍の後遺症に苦しみ続けていた。半年の闘病を経て同年9月に退院しプレーヤーとしてのリハビリを開始したものの、大きな壁になったのが、視力の低下。ノックの飛球は二重に見え、角度によってはボールも消失してしまう。安全面を考慮して打席に立つことは最後まで叶わなかった。「見えない」ことが、引退決断の最大の理由。実際、最後のプレーも、ボールは見えていなかった。



「(打球は)見えてなかったんです。いつもなら後逸するか、顔に当たっていたボール。最後にこのボールかよ……と思ったんですけど、いつもよりなぜか何十倍も体が動いて。本当に不思議で。一歩前に踏み出せたんです。誰かが背中を押してくれたような……」


 今でも信じられないという。努力を見てくれていた神様の仕業としか言いようがない「奇跡」を「現実」として知らせてくれたのは、ファンの声援だった。「捕手に向かって投げたボールも全く見えてなかったので。ファンの方の声援でアウトになったと分かったんです。何か1つ試合の中のプレーで残したい、見せたいという思いがあった」。実は、バックホームしたボールも視界に入っていなかった中、2軍の本拠地・鳴尾浜球場を埋め尽くした人々の大歓声でアウトを確信した。



横田氏が感謝とともに伝えたかったこと


「今でも思い出したら、こうやって鳥肌が立つんですよね」


 144人のファンと、あらためて引退試合のプレー映像を見ながら、胸の高鳴りを抑えるように、両腕に視線を落とした。約3時間のイベントは終始、温かい空気に包まれた。MCとのトークでは、話を振られても「はい」「そうです」「ありがとうございます」とガチガチの固い返事は時間が経っても変わらなかった。それでも、これが横田慎太郎の「ありのまま」だと分かっている人たちの優しい視線も、また変わらないまま。関西だけでなく東京や埼玉などの遠方からこの日のために駆けつけた人も少なくなかった。「昨年1年間で横田君には本当に勇気をもらったので……」。数え切れない「涙」と「ありがとう」が交錯し続けた。


 感謝とともに、伝えたいことがもう1つあった。


「何か、1日1つでも小さな目標を持ってやっていけば、あのバックホームみたいな良いことが起こるんだと。病気で苦しんでいる人や、悩んでいる人に少しでも勇気を与えたい。僕が忘れられないうちにそれを自分の言葉で伝えていきたいと思ってます」


 参加者全員に配られた特製のクリアファイルに、1枚ずつ直筆で背番号「24」を記しながら、今後について語った。阪神タイガースからは、アカデミーコーチの打診を受けたが、視力の不安もあって固辞。今は故郷・鹿児島で1人暮らしを始め、地元のラジオ番組にも出演するなど「自分の言葉」でその経験を伝えている。「いつかまた野球に恩返しができる日が来ればと思います」。「ありがとう」はしっかりと言えた。歩んできた壮絶で濃密な道のりを時に振り返りながら、横田氏は、一歩前へ踏み出そうとしている。



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(チャリコ遠藤)

文春オンライン

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