元教師 妻への怒りを車にぶつけ、廃車になるまで滅多打ち

1月27日(金)11時0分 NEWSポストセブン

57才の女性が波乱の半生を告白(写真/アフロ)

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 波乱に満ちた人生を歩みながら、必死で生きている人がいる──。東京都に住む吉村春江さん(57才)が、自身の半生を告白する。


〈本稿は、「自らの半生を見つめ直し、それを書き記すことによって俯瞰して、自らの不幸を乗り越える一助としたい」という一般のかたから寄せられた手記を、原文にできる限り忠実に再現いたしました〉


 * * *

◆「片親と言われたくない」と頑張る母親の言うなりだった小、中学時代


「数奇な運命」「波乱万丈」。私の過去を話すと、決まって人はこう言います。ひとつうまくいき始めると、必ず大きな落とし穴が待ち受けている。その繰り返しでした。事の始まりは、私が小4、弟が1年生のときに父親が亡くなったこと。


 冬の朝、「ちょっと、何、これ、どうしたのよ。ちょっとお」と母の普通ではない声で目が覚めると、布団に寝ている父は、もうこの世の人ではありませんでした。


 春を待って、母は東京で不動産会社を経営していた叔父を頼って北陸から上京。職場の近くに借りた小さなアパートに住んだのもつかのま。すぐに子供部屋のあるマンションに引っ越し。


 専業主婦だった母は、「商業高校をトップで卒業」と自慢していただけあって、あっという間に経理を覚えて叔父の片腕に。かなりの高給取りになったそうです。


 母も必死だったのでしょう。仕事と家事でいつもピリピリ。ピアノ、書道、学習塾と次々に習い事をさせられ、私も母を怒らせないことと、いい成績をとること、そればかりを考えていました。


 私が中学生になると、「片親だからと言われたくない。高校は〇〇大の付属にして」と言い、「友達をつくるのは入学してからにして」と付け加えました。私は母の言う通りにして、希望校に合格しました。


 母は、それはそれは大喜び。「頑張ったかいがあったわ」と満面の笑み。曲がりなりにも、母と私の蜜月はあのときまでだったのだと思います。


◆高2に夏に数学教師と男女の仲になり、母親は半狂乱 やがて結婚


 地方出身の母は、都会の私立校を知りません。幼稚園からあるその学校はお金持ちのご子息、ご令嬢ばかり。ガリ勉で入学してきた私は、“下からの子”相手に何を話したらいいのか…。


 そんな私の視界に、数学教師のM先生がいつ入ってきたのか、はっきりとした記憶はありませんが、高校2年の夏休み前には男性として意識をしていました。


 少し猫背の後ろ姿が寂しそうで、ずっとひとりだった私は、彼に同じ“におい”を感じたのかもしれません。教師と教え子の交際は、いつの時代でもタブーですが、だからこそ、生まれて初めて母に逆らっている快感といったらありません。


 と同時に、なじめないクラスメートにも、“教師の女”になったことで劣等感を跳ね飛ばし、一段高いところに立った気分。“彼”になったM先生もまた、制服を着た“彼女”の言うことは何でも聞いてくれました。



 しかしすぐに母の知るところとなり、「高校生のくせに!」と半狂乱で私の髪をつかんで大騒ぎ。それでも私が「絶対に別れない」と言うと今度は、「教え子に手を出すとはとんでもない教師だ」と、学校に乗りこんで彼の懲戒解雇を求め、すったもんだの末、彼は高校教師を辞めました。


 学校は、私のことも不純異性交遊で退学させるつもりだったようですが、「うちの娘は悪くない」と母が聞き入れず、そのうち学校も体面を気にしたのでしょう。私はいっさいのおとがめなしで、付属大学に入学できました。


 母は彼との交際にはずっと反対していましたが、それも彼がアルバイトをしながら公認会計士の試験に受かるまで。


 結婚したのは私が大学2年の時。卒業式の2日後、私は長男を出産しました。その直後、夫は会計事務所を開業。人件費などかけられないので、私は息子をおんぶしながら夫の仕事を手伝いました。


 3年後に長女が生まれると、長男を3年保育の幼稚園に預け、そのまま長女をおぶって事務所へ。家事と育児と夫の事務所の雑事で寝る時間もありません。


 それでも、夫から見たら私は自分の指示で動く生徒だったのでしょう。それは、夫の普通でない怒り方と金銭感覚に表れるようになりました。


◆買ったばかりの新車をぶつけた私を怒り、廃車にするまで滅多打ち


 こんなことがありました。事務所のクライアントさんのおつきあいで車を買う約束をしたものの、夫は運転をしません。「お前が免許を取れ」と言い出し、私が車で夫や子供の送り迎えをすることに。


 そんなある時、免許取りたての私は、車庫入れの時に車をぶつけてしまいました。夫に伝えたら激怒するのはわかっていたけど、修理をしないわけにもいきません。ビクビクしながら伝えると、いきなりでした。


 バットを持って車庫に行き、「こんなものがあるからだ」と怒鳴りながら、バットを思い切り車に振り下ろしました。フロントガラスは割れて、車体はボコボコ。車を廃車にするまで、夫の怒りは止まりませんでした。


 これを境に、夫は怒りで見境がつかなくなることを、自分に許したのか、私にも暴力を振るい出しました。


 理由は、朝、「おはよう」というタイミングが悪い。コーヒーがぬるい。トーストがこげた。生活のあらゆる場面で夫は「何度言わせるんだ!」と怒鳴り、それは日に日にエスカレートしていきました。


 ある日、私が、「私だって仕事をしている」と口答えをしたことがよほど癇かんに障さわったのでしょう。こめかみを殴られて脳震とうを起こし、救急車で運ばれました。



 そんなことがたび重なるたび、長男は「ママ、おばあちゃんのところに逃げようよ」と泣きながら訴えましたが、私にも母の反対を押し切って結婚した意地がある。おめおめと泣き顔は見せられません。


 夫は同居を始めたときから、3人の子供が生まれてもずっと、毎朝、テーブルに千円札2枚、2000円しかくれません。


 事務所の仕事は「食べさせてやっているんだから当たり前」で、お給料やお小遣いは一切ありませんでした。


 お金に対する不満はいつも持っていました。たまには好きなものを買い、子供たちと外食もしたい。とうとう我慢の限界に達した私は、夫のキャッシュカードから5万円引き出しました。


 その足で子供たちと駅前にあるデパートに乗り込んで、欲しいものを買い、食べたいものをたらふく食べたのです。夫が怒り狂い、暴力を振るわれてもかまわない。やるならやれと覚悟の上です。


◆財布から5万円持ち出した私に、警察官がつぶやいた一言で決心


 家に戻ると、家の前にパトカーが止まっています。何が起きたかと家に入ると、警察官がいて、私の顔を見るなりです。


 夫が「こいつです。こいつが犯人です。お巡りさん、逮捕してください」と、私の腕をつかんで警察官の前に突き出したのです。年配の警察官は「犯人? 奥さんですよね」と私と夫の顔を交互に見て驚いています。


「そうです。でもぼくのカードを黙って盗んだ泥棒ですよ。すぐに逮捕してください」


「妻が旦那さんの財布からキャッシュカードをとっても罪にはなりませんよ。夫婦ですから」と、警察官の説明を聞いている夫の顔を見て、ピンときました。


 夫は私を辱はずかしめるために、わざと警察を呼んだのです。帰り際、警察官は私の耳元で囁きました。


「妻を泥棒呼ばわりするなんて、ぼくたちよりも家裁の裁判官が必要なんじゃないですか?」と。


 この一言で目が覚めました。過去の意地にしがみついて、不幸の底に沈んでいていいのだろうか。私は身の振り方を、初めて真剣に考えたのです。結婚して12年。10才の長男、7才の長女に加えて、まだ2才の次女もいる。その私に何ができるかと──。〈次回につづく〉


※女性セブン2017年2月9日号

NEWSポストセブン

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