郊外のマンションでひっそり働く中国東北地方出身の女性たち

1月27日(土)16時0分 NEWSポストセブン

中国東北地方出身の彼女たちは春節の里帰りとも無縁

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 もうすぐ旧正月。中国では一斉に休暇になり、大勢の人が国内外へと旅立つ。日本でも、大量に買い物をする爆買い中国人観光客のためにデパートなどでは対応に追われる。そういった賑やかな話題に関わりなく、日本の片隅でひっそり暮らす中国の人たちがいる。ライターの森鷹久氏が、彼女達は何のために日本へやってきて、人目につかないよう働いているのかについてレポートする。


 * * *

 関東地方某市のターミナル駅から徒歩5分。一階には牛丼屋や不動産屋のテナントが入り、二階以上が居住用になっている、少々くたびれた分譲マンション。時折、子連れの家族なども出入りする、いかにも”郊外”といった雰囲気のどこにでもありそうなこの建物だが、その一室が「売春部屋」になっているとは、居住者も近隣住民もほとんど知らない。


「日本語、ちょっとわかる……。タイザイ? わからないね……」


 ハナさん(三十代)は、中国東北部の大連出身。来日して半年以上が経つというが、日本語は日常会話も覚束ないたどたどしさで、日本語翻訳アプリを通じてやっと筆者との意思疎通が取れるレベルだ。観光名目で来日して半年以上というから、無論オーバーステイ状態で、当局に見つかれば即刻帰国させられる身分にあるが、彼女はビザのことも、ましてや自身が”違法滞在中”であることもよくわかっていないらしい。


「日本の生活……、フツウね。部屋からほとんど出ないから、あまりわからない……」


 前述のように日本人ファミリーも住む3LDKの一般的なマンションだが、ハナさんが生活するこの部屋には、他にも三人の中国人女性が暮らす。玄関脇には、中華料理店などでよく目にする「福」の字を上下逆転させた、福の神を呼び込むためのタペストリーが掲げられ、大量の小銭が積み上げられていた。リビングには、小さなテレビとコタツが設置されていて、20代から40代の中国人女性の他に、若い日本人男性の姿も。


 彼らはこの部屋で共同生活を送りながら、リビング以外の三つの部屋で客をもてなす仕事をしながら生活しているのである。三食も風呂も、すべてこの部屋で済ませ、客が来れば空いている部屋で行為に励む。日本人との接点はそこだけで、とても日本社会で暮らしているとは言いがたい状況だからこそ、来日後半年を経ても、日本語がほとんど喋れない、という状況なのだろうか。同じような仕事に携わる中国人女性が暮らす部屋が、特に関東の郊外エリアに続々と出現しているのだという。こういった住み込み形式の部屋を経営するのは「日本のとある反社会勢力」だと、事情通が解説する。


「発展目覚ましい中国でも地方ごとの格差は激しく、特に大連などの東北部では、超高層ビルがバンバン立つ一方で、農村部の人々は未だに極貧の生活を強いられている。中国国内では、東北地方出身者は未だに差別や嘲笑の対象であり、実際に極貧生活を送る人々が数多くいます。そんな地域の女性たちが、家族のためにと都市部で売春行為に励むわけですが、中国当局の取り締まりは世界一と言っていいほど厳しく、逮捕されれば長い禁固刑に処されることもある。そんな女性らを日本に連れてきて、共同生活をさせながら仕事に励んでもらうんです」


 大連出身だと話すハナさん以外の女性も、それぞれ長春やハルビンといった「東北地方」の出身であり、これまでも中国国内で同じ仕事をして生計を立ててきた。中学を出ると、日中は女工やお手伝いさんとして働き、夜は富裕層や外国人が集まる歓楽街で体を売ったという。2008年の北京オリンピック前頃から、当局の取り締まりが急に厳しくなると、中国人売春婦達は日本や東南アジアの繁華街、北米やヨーロッパを目指したが、ハナさん達も、そんな「先輩」の姿を見てきたからこそ「日本行き」にはさほど抵抗がなかった。


「日本は天国、検挙されても強制送還されるだけ。ほとぼりが覚めればまた来日して同じ商売ができるし、金も儲かる。そもそも体を売って生活する、ということに罪悪感がないのです。ずっとそうして暮らしてきた子達だし、それが食べるための”仕事”なのです」


 こう話すのは、かつて中国人売春婦の斡旋に関与した元暴力団幹部だ。自ら、人身売買行為に手を染めてきた”元ブローカー”であることを認めるが、簡単に不法滞在を続けられるなど抜け道が多くザル法と揶揄される入管法と、そして移民に厳しい日本社会が変わらない限り、日本国内における外国人の違法な風俗業は無くならないだろうとも話す。


 間もなく、中国は旧正月を迎える。日本の連休とは重ならなくても航空券代が高騰するほど、日本に滞在する多くの中国人の帰国ラッシュが始まるが、ハナさんらには帰国の意思はない。


「(中国の)友人、家族とは電話で話せる。チャットもする。だから寂しくはないね」


 ハナさんと三人の女性は、コタツに入ってスマホから流れる中国の最新ポップ音楽を聴きながら、鼻歌を歌う。そこに、彼女たちが暮らし、仕事をする部屋を管理する日本人の男性スタッフがラーメンの入った大鍋と、ヤカンに入ったままの熱い麦茶を置く。五人は小さなお椀を片手に、鍋からラーメンを取り出すと「オヤツの時間」と笑い、無言で勢いよくすすった。


 筆者と同じくらいの年齢だという男性スタッフもまた、日本のあちこちで風俗関係の仕事に従事し、流浪の果てに土地勘などまったくないこの場所にやってきたのだという。


「ここでの生活は意外と楽しいんです。裏風俗だとか人身売買と言われても、まあそうですよね、という感じ。好きに書いてもらって構いませんが、あなたと私たちは違うんです。僕だって好きでこの仕事をしているわけではないし、それは彼女達だってそうでしょう。法には触れていても、誰かに迷惑をかけているわけじゃない」


 彼女達の仕事は、日本の法律で認められないことばかりだ。観光ビザで入国して働き、許されている滞在期間も超えている。働いている店は風俗営業法の許可を得ていないし、そもそも、対価をもって性交することは違法だ。そんな場所で、ろくに外出もせずに働いているにも関わらず、彼女達は拍子抜けするほど普通だった。みずからの境遇を嘆くこともせず、携わっている仕事への罪悪感もないようだ。


 それはこの部屋を利用する利用客も同様だ。表向きは「メンズエステ店」として、ホームページまで開設し客を募っているが、ネット掲示板などをチェックすると「中国人と行為が可能」といった書き込みがすぐに見つかった。中国人女性の誰にいくらチップを渡せば、何が可能かなどといった具体的な書き込みも散見され、客側も「違法」であることを認識しつつも、この店を利用している向きがある。そして、こうした店舗は日本のあらゆる都市に点在し、日本人女性が働く風俗店に比べ半額程度で利用できることから、日本人男性の利用者が後を絶たない。摘発しても、需要がある限りは必ず供給も延々に行われ続け、違法店が”常態化”してしまえば、利用者はそこに罪悪感を抱く理由がなくなってしまう。


 彼女たちには、月に一度、部屋の管理者からの男性から、仕事の報酬として現金が手渡しされる。相手にした客の数にもよるが、全員が二十数万の収入を得ている。半分以上を母国に送金し、残った金で化粧品や衣服を買う。その”送金”も、管理者の男性が担ってくれるという。


 また、ハナさんらは、完全にプライベートがない状態の下、24時間365日の”監視下”に置かれているが、体を売って逃げ出さなければ、確実に収入を得ることができる。中国国内や諸外国では、客や雇い主に騙され、言いくるめられて収入をかすめ取られたり減額されたりすることが常だというから、今の監視システムは、苦痛というよりも”安心”とすら、受け止めているような向きもある。


 人身売買が「人権の侵害」だと指摘される一方で、生き延びるための「売春」を否定しない人々が存在する現実。このような矛盾を一様に「格差社会のせい」といってしまえば簡単だが、それでは思考の停止というほかない。善と悪に対する認識や価値観は、同じ日本に暮らす日本人の間でも大きく違ってきている。個性や個を重んじる事が「是」とされる風潮の中で、それが単なる「わがまま」であるかどうかの線引きも難しく、みずからの体を売らざるを得ない女性達を「気の毒だ」「かわいそう」と断じる事もまた、安易すぎる善の押し付けなのだろうか。


「今日はこれから”ギョーザ”を食べに行くんです」


 客が途切れた早朝6時頃、ハナさん達はそういって、日本人男性が運転するバンに乗り込むと、深夜営業の中華料理チェーン店へと向かう。その光景は、まさに仲睦まじい友人や家族らの日常生活にも見えたが、部屋のあちこちに置かれた中国製の雑貨や日用品、そして玄関先に飾られていた中国風の飾りは、彼女達の気持ちそのものを表しているのではないか、と物寂しさを覚えた。

NEWSポストセブン

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