高齢者の免許返納問題と家族の苦悩 「人が変わった」例も

1月28日(日)7時0分 NEWSポストセブン

高齢ドライバーのしるし「シルバーマーク」もあるのだが...

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 日本の交通死亡事故の件数は減少傾向にあるが、65歳以上の高齢ドライバーによる事故の割合は増加中で、2016年は全体の22.3%を占めた。高齢ドライバーの事故は、他の年代に比べてブレーキとアクセルの踏み間違いやハンドルをうまく操れないなどの原因が多いため、免許返納をもっと強く働きかけるべきだとの声も大きくなっている。ライターの宮添優氏が、高齢ドライバーとその家族が直面する現実についてリポートする。


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「この手のニュースを見るたびに、不安で頭がいっぱいになる。事故は今日起きるかもしれない。お父さんが死んじゃうかもしれないし、最悪、人の命を奪うかもしれない。家族は気が気じゃありません。」


 群馬・前橋で発生した、85歳の高齢ドライバーによる車両暴走事故。被害者の女子高生二人は今も意識不明の重体で「物損事故を起こした後に逃げようとしていた」「ブレーキをかけず猛スピードで突っ込んだ」といった目撃証言から、逮捕された高齢ドライバーの認知機能に問題はなかったのか、疑問の声が相次いでいる。


 また、このドライバーが家族から「車はやめて」と日常的に言われていたにも関わらず運転し、物損事故を繰り返していたことも発覚。交際中の女性が待つ、地元の老人福祉センターに通うためだった、との情報もあり「老人に運転させるな」といった機運が高まりつつもある。


 冒頭の声は、都内に住む専業主婦・松下さん(五十代)の切実な思いだ。松下さんの夫は、山形県山間部の農村出身。実家には齢87歳の義父と、同い年の義母が住む。義父は今も日常的に車の運転をして、少し離れた場所にあるスーパーや病院へと通っているが、車にはヘコミや擦り傷が増え、年に数度、一時停止違反や信号無視、物損事故を起こしたとかで、警察から連絡が入るようにもなった。


「帰省のたびに、夫が“運転を止めろ”と説得するですが、その度に喧嘩になるんです。“お前は俺に死ねというのか”とすごい剣幕で……」


 松下さんの義父が住むのは、いわゆる「限界集落」。最寄り駅までは車で30分以上かかるし、スーパーや病院といった生活に欠かせない機関に出るには車が必須だ。公共機関といえば、バスが3時間に一本の割合で運行されているが、やはり自家用車のそれと比べれば、使い勝手どころか、バスを使うといった判断は非合理的だ。


 松下さん夫婦は、どうにか運転をあきらめさせようとあらゆる手段を尽くした。車の鍵を隠す、車をパンクさせる、バッテリーを外す……。車が故障したことにして「いい機会だから車をあきらめたら」と説得しても、勝手に知人の車屋に連絡を取り新車の商談をするなど、態度は固くなる一方だ。そしてこんな事件も起きた。


「義母の調子が悪くなり、胸が苦しくて動けなくなりました。祖父は“まかせろ!”という感じで車に義母を乗せ病院へ行ったのですが、山道で溝に脱輪する事故を起こし動けなくなりました。たまたま通りかかった方が警察と消防に電話をし、二人とも助かったのですが、通報者によれば、義父はぼーっと車の横に立ちつくすだけだったらしくて……」


 義父は事故について「覚えていない」「対向車にぶつけられた」と話しているというが、検査をしても認知症などの兆候は見られず、合法的に義父から免許を「取り上げる」手段がない。また、義父から車を奪ってしまえば、日常生活は立ち行かなくなり、老人二人は「座して死を待つだけ」という状態にもなりかねない。


「老人による暴走事故が相次いだニュースを見て、父も免許返納に応じてくれました。しかし……」


 千葉県の過疎地域に暮らす兼業農家・浜尾さん(仮名)は、高齢の父とよく相談をした上で、免許を返納させた。それまで長らく、無事故無違反、日常的に軽トラを運転していた父だったが、いつ何が起こるかわからない、と恐ろしくなった上での決断だった。ところが、車に乗らなくなった途端、父は生気が消えたように塞ぎ込み、足腰が弱るだけでなく、嫁や家族に怒鳴り散らすなど、認知症も発症。まさに「人が変わったようになった」と近所でも噂された。


「近所の方からは、私ら夫婦が父をいじめているとか、家に閉じ込めているとか噂されました。父はその後、認知症が悪化し特別老人ホームに入居しましたが、普通の会話もできず、ほぼ寝たきりです。」


 父から免許証を取り上げず、今までのように運転させていれば、ボケることもなかったのかもしれない。しかし、事故を起こされたら、家族だけでなく、他人の生活まで脅かす……。浜尾さんは今も、自身の行動が正しかったのか、葛藤する日々を送る。


「父から日常を取り上げたかもしれないが、父が加害者になる、父のせいで誰かが危険に脅かされる、と考えると、こうするしかなかった。私たちが父の生活を見てあげられるのにも限界がありました。かといって、そんなことを行政に頼っていいのか。寝たきりの父を見ていると涙が出てきます」


 総人口における65歳以上の割合を示す高齢化率は27.3%、75歳以上人口は13.3%まで上昇した。高齢者が活躍する社会、というのであれば、高齢者が自ら移動する手段を取り上げることは、矛盾にも感じられるだろう。しかし、老人が起こした交通事故に巻き込まれた被害者からしてみれば、たまったものではない。我が国の高齢化率は高まる一方であることを考えると、今後同様の事故が増えるに違いない。自動車業界では、急発進抑制など高齢者の運転に適したシステムを導入した車の開発を進めている。建設的な議論、そして法整備がなされることを願う。

NEWSポストセブン

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