地元の公立高校からプロ野球へ 広島のドラフト6位ルーキー・玉村昇悟はなぜ同世代屈指の左腕になれたのか

1月31日(金)11時0分 文春オンライン

 地元の高校に通い、幼いころからの仲間と野球を続け、友達に祝福されながらプロ野球の世界に飛び込んでいく。限られた練習時間を効果的に使い、置かれた環境や設備をフルに活用して好投手へと成長していった。


「タマちゃん」。そんなニックネームがしっくりくる柔らかな笑顔が印象的だ。福井県丹生郡は人口2万人あまり、カニやタケノコが有名な静かな町である。


 カープにドラフト6位で入団した玉村昇悟は、いわゆる野球強豪校のルートでなく、地元の中学や高校で力をつけながら、同世代屈指の左腕になっていった。



カープにドラフト6位で入団した玉村昇悟


監督が考え抜いたバリエーション豊かなトレーニング


 越前町立宮崎中学では、野球部員10人という年もあった。初心者も2人混じっていたというのだから、我々の少年期の体験に極めて近いものがある。「兄が通っていましたし、小・中学校の仲間がたくさんいましたから」。そんな理由で進んだ福井県立丹生高校もいわゆる地元の公立高校である。当然、玉村の投球レベルの高さと他選手の技量にギャップが生じるケースもある。しかし、玉村は、お山の大将になることもなければ、浮いてしまうようなこともなかった。


「みんな友人ばかりですから。エラーがあっても気にしません。逆に、楽しいこともあります。あとで仲間と話をするときに、会話のネタにもなりますから」


 仲間に圧をかけることはなかったが、自分には厳しかった。高校3年夏の福井県大会でマークした5試合52奪三振が象徴している。「エースとして、投手からゲームを作る。自分がしっかりしないといけない。そんな意識でした。同じアウトでも、相手に精神的なダメージを与えるのは三振です。3つめのアウトを三振でとれば、味方も乗ってくると思います」。


 今年こそ暖冬だが、降雪量の少なくない地域である。かといって、大規模な室内練習場があるわけではない。それでも、玉村は自身の強みを着々と伸ばしていった。ストーブの置かれた柔道場、畳の上で逆立ち、そこから前進をする。さらには自体重でのトレーニングは実にバリエーション豊かである。「彼の良さである上半身の柔らかさを殺したくない。しなやかな腕の振りを生む体幹と下半身が大事。この選手をなんとか上の世界で投げさせたい」。そんな責任を胸に、同校の春木竜一監督は懸命に練習メニューを提示した。


 彼らにはビジョンがあった。もちろん目の前の勝利も追求しながらではあるが、最終的にはプロ野球で躍動することである。入試の面接で玉村は、それを言葉にしていた。「『夢は?』と聞かれたので、『プロ野球に行きたいです』と答えました。そのときの面接官は、野球部の春木監督だったのです」。


 才能もビジョンもある。そんな若者を迎えて、春木は徹底的に考え抜いて練習を行わせた。


 球数も無理はさせない。長所は失わせない。故障もさせない。「監督は、いつも新しいものを採り入れて提示してくれました。そして、意見をよく聞いて下さいました」。


 2人は頻繁にディスカッションを行った。「フォームやトレーニングでしっくりこないときは、そう伝えさせていただきました。でも、それは無駄ではありません。それもひとつの引き出しになります」。


 細身の体だったが、一気に大きくしようとはしなかった。体の軸を意識し、そこから体の使い方を磨いていった。そこに、体が追いつくようになる。きわめてナチュラルなサイクルでの成長だった。



相手チームの投手を誘って……試合後の独特の行動


 丹生高校には自慢できるスポットがある。正門前の急こう配の坂である。約200メートルの坂は、元気自慢の高校生も自転車を下りて、前傾姿勢で手押しするしかないようなタフさである。そこで、玉村は毎日のようにダッシュを繰り返してきた。坂の横には、ショートカットできる道もあるが、こちらも急こう配の階段である。これもまた、下半身強化のメニューになった。


 玉村には独特の行動があった。練習試合のダブルヘッダー(1日2試合)のことである。1試合目に投げ終えると、彼は、相手チームの投手を正門前の坂に誘って一緒にダッシュしたのである。練習試合とはいえ、勝負のあとの“呉越同舟”だ。


 しかし、好青年を絵にかいたような玉村は首を横に振る。「友達になれますし、コミュニケーションもとれます。いろんな考え方を聞けて、自分の幅も広がります。凄く良い時間でした」。


 かつては逆立ちのできない少年だった。反復練習の中で“やればできる”ことを知った。正門前の坂は強烈だったが、練習で歩くようなことはしなかった。「あそこで、あきらめないこと、粘り強くやること」を学んだ。少年時代の仲間と続けてきた野球で“エースの責任”を背負うようになった。


“置かれた場所”だからこそ咲く花がある。カープでも多くの先輩に声を掛けられ、笑いの輪の中心にいることだってある。柔らかい投球フォームは、早くも評価が高い。


 取材途中、先輩投手が我々の横を通った。玉村は咄嗟に頭を下げた。「お疲れ様です。よろしくお願いします。また、いろんなことを教えて下さい」。


「おう、いつか食事でもいこうや」。先輩投手の返答に、18歳は満面の笑みで応えた。どうやら、また、彼は良い場所に巡り合えたようである。


 ナチュラルに育った147キロ投手から、学ぶべきことは、少なくなさそうである。


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(坂上 俊次)

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