寺田農 沢村貞子に優しく諭されて以来、一度も遅刻せず

1月31日(日)7時0分 NEWSポストセブン

俳優・寺田農が演技の本質を語る(第1回)

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 俳優として映画やドラマだけでなく、映画監督、ナレーターや声優としても活躍する寺田農は、役者としてのキャリアを文学座の研究生としてスタートさせた。寺田が語った演技の本質についての言葉を、映画史・時代劇研究家の春日太一氏がつづった週刊ポスト連載『役者は言葉でできている』からお届けする。


 * * *

 寺田農は早稲田大学在学中の1961年に文学座の研究所に入所、一年目から劇団本公演『十日の菊』で抜擢を受けている。


「大学にも行きたかったんだけど。一方的にキャスティングされると、もうズルズル芝居に行かなきゃならなくなっちゃう。だから、もう早くやめたくてやめたくて。今でもプロフェッショナルという感じは全然しない。どこかアマチュアというか。


 当時は芝居を教えるシステムが確立されてなかった。特に新劇は見よう見まねだったからね。その時の先生は芥川比呂志さん。でも、難しかったんじゃないかな。向こうも教えたことがないんだから。


 言われたのは『本を読まなきゃダメだ』と『恋をしろ』ということ。でも、なぜそれがどう影響して何の芝居に意味があるのかは教えてくれなかった。


 それは後になって分かったのね。演技というのは、その役を生きていくこと。でも、いくら波瀾万丈の人生を送ったとしても自分の経験値だけでは間に合わない。本の中にはありとあらゆる人生があるから、それを想像するのが大事なんだ。


 恋には人間の感情の全てがある。愛すること、憎むこと、悲しいこと、寂しいこと、それに嫉妬。喜怒哀楽が全て凝縮されている。だから恋をすると芝居がよくなるんだよ。


 でも、お互いに傷つかないような、つまらない恋じゃ意味がない。心中してやろうかというくらいに、のたうち回るような恋じゃないと」


 1962年に社会派ドラマ『われら青春』(フジテレビ)で主人公グループの一人を演じ、以降は青春ドラマに相次いで出演した。


「変なはねっ返りの役ばかりだったね。間違っても、加藤剛さんや石坂浩二に来るような役は来なかった。本人も不良みたいな感じだったから劇団としてもやりにくかったんじゃないかな。


 当時は職業としての自覚は全くなかった。抜擢された公演でも『毎日来いなんて言われたことはない』とか言って遅刻したこともあったくらいで。今となると恥ずかしい話だけど、青春モノをやっている時も大遅刻魔だった。『俺を早く降ろしてくれ』っていうような気持ちでね。


 朝7時出発のロケーションでも6時まで麻雀やりながら酒飲んで、そこから寝ちゃうんだから。それで10時になってから『行きゃあいいんだろ、行きゃあ』ということで。


 で、ある作品で沢村貞子さんと親子役になって。この時は前のドラマの収録が押したせいで3時間の遅刻になった。そういう理由もあったんで堂々と入っていったら沢村さんから『お前さんねェ、私もスタッフもあんたに一日買われてるわけじゃない!』といきなり言われて、土下座して謝ることになって。

 

 でも、ふてくされた顔をしていたら、沢村さんが今度は『芝居が下手でも迷惑はかからないけど、遅刻は迷惑がかかるから、遅刻だけはしちゃダメなの。芝居は努力しても上手くなるとは限らないけど、努力したら遅刻はしなくなる』と優しく諭すように言ってくれたの。それ以来、一度も遅刻はしていません」


■春日太一(かすが・たいち)/1977年、東京都生まれ。主な著書に『天才 勝新太郎』(文藝春秋)、『なぜ時代劇は滅びるのか』『市川崑と「犬上家の一族」』(ともに新潮社)など。本連載をまとめた『役者は一日にしてならず』(小学館)が発売中。


撮影■藤岡雅樹


※週刊ポスト2016年2月5日号

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