山口組京都代理戦争 会津小鉄会「2人の組長」血の相克

2月1日(水)7時0分 NEWSポストセブン

山口組京都代理戦争が勃発

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 山口組の分裂抗争は度重なる武力衝突から一時、落ち着きを見せていた。しかし、今年1月、意外な形で火が噴いた。場所は京都、しかも山口組傘下ではない独立団体を舞台にして、両団体の「代理戦争」が勃発したのだ。フリーライターの鈴木智彦氏がレポートする。


 * * *

 1月21日午前6時、京都市左京区にある会津小鉄会傘下のいろは会事務所前に向かった。静かに降り始めた雨が雪に変わっていた。玄関前にはすでに京都府警が大挙しており、実話誌の記者が2人張っている。周囲が明るくなった頃には地元メディアや一般誌、警視庁や兵庫県警などの捜査関係者なども現われ、周辺はちょっとした騒ぎになった。


 騒動の発端は1月10日、会津小鉄会と親交のある暴力団に送られたFAXだ。六代目会津小鉄会・馬場美次会長の名前と印が押されており、そこには、


「この度、後進に道を譲るべく、原田昇(六代目会津小鉄会の若頭)をもって七代目会津小鉄会会長とし、不詳私の跡目とすることと決定いたしました」


 と書かれていた。馬場会長は家族の銀行口座を使ったことが詐欺事件とされ、昨年12月に有罪判決を受けている。今後収監される可能性に加え、75歳という高齢ということもあって代目が変わってもおかしくない。


 が、すぐに馬場会長の直筆サイン入りで訂正のFAXが流された。


「本日、ファックスにて送信致しました書状について、後継者に原田昇となっておりますが、まったく私の知る所ではございません。ここに改めて御通知申し上げます。依って原田昇を『絶縁』と致します」


 先ほど七代目会長を襲名するとされた原田若頭が、今度は一転、絶縁処分とされてしまったのだ。直後、騒動はどんどん大きくなる。


 馬場会長は自らの子分に加え、神戸山口組の幹部・組員を連れて会津小鉄会の本部に入り、原田若頭派を追い出して施錠し、一帯が騒然としたのだ。近隣の小学校児童は警察官の付き添いで下校することとなり、新聞記者やテレビカメラも詰めかけた。するとカメラに映し出された映像に、当事者たちに加え、六代目山口組幹部の姿があったのだ。


「馬場会長が神戸山口組を連れて乗り込んできた時、本部には六代目山口組や弘道会(司忍組長の出身母体)の幹部がいた。会津小鉄会のクーデター未遂は、2つの山口組の代理戦争みたいなもんだ。それも絶縁された原田若頭側に六代目山口組が付き、元々の馬場会長側を山口組から処分された神戸山口組が支援するという皮肉な構図」(山口組担当のマル暴刑事)


 暴力団社会はとどのつまり、強い者の言い分が筋でしかない。これにより会津小鉄会の本部は京都府警によって封鎖された。


 その後馬場会長は、金子利典会長代行に跡目を譲ることを決めた。だが、その襲名式当日、処分された原田若頭派も襲名式を挙行するという噂が消えなかった。金子新会長の襲名式2日前、山口組担当のマル暴刑事に電話すると、「どっちも正統な跡目を主張し、『七代目会津小鉄会』を名乗るというのだから前代未聞」と戸惑っていた。


 刑事は原田若頭派を偵察に行く予定でシフトを組んでいたそうだが、結局、原田若頭派の襲名式は中止されたという。ただし、2月にずれ込んだということなので、まったく同じ名前の会津小鉄会七代目がもうひとつ誕生し、2人の七代目会長が並び立つ可能性は消えていない。


※週刊ポスト2017年2月10日号

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