クイーンのギタリストをもっと知りたい! 天体物理学者で超親日家の「ブライアン・メイ伝説」

2月2日(土)6時0分 週プレNEWS

1985年に開催されたチャリティーコンサート「ライブ・エイド」で愛器レッド・スペシャルを弾くブライアン(右)とフレディ
1985年に開催されたチャリティーコンサート「ライブ・エイド」で愛器レッド・スペシャルを弾くブライアン(右)とフレディ

映画『ボヘミアン・ラプソディ』が空前のヒットを飛ばし、日本にクイーン旋風が吹き荒れている。

フレディ・マーキュリーの生きざまとクイーンの歩みに心奪われる人が後を絶たない。そんななか、この伝説のバンドのギター、ブライアン・メイがSNS上で沖縄の基地問題に言及。フレディとは別の異彩をスクリーン上で放つこのギタリストは何者か?

日本のクイーン人気に火をつけた伝説の音楽誌『ミュージック・ライフ』元編集長のふたり、東郷かおる子氏と増田勇一氏がその実像に迫る!!

* * *

■伝説1 天体物理学の博士かよっ!

映画『ボヘミアン・ラプソディ』の序盤、バンド結成前夜のシーンでまず目を引いたのが、クイーンメンバーの「高学歴」ぶりだ。

ボーカルのフレディ・マーキュリーは美大卒、ドラムのロジャー・テイラーは大学の歯学部を経て生物学部卒、ベースのジョン・ディーコンは電子工学科卒。

なかでも、ギターのブライアン・メイは飛び抜けている。何しろイギリスの名門大学「インペリアル・カレッジ・ロンドン」で天体物理学を専攻。近年は音楽活動で一時中断していた天文学の研究を再開し、2007年には「黄道塵雲(こうどうじんうん)における視線速度の調査」(題名を読んでも素人にはさっぱり!)という論文で、母校から博士号まで授与されているのである。

「クイーンのメンバーはみんなお坊ちゃんで高学歴なんですが、特にブライアンは良くも悪くも学者肌。ともかく自分の興味のあることには人並み外れた集中力を発揮するけれど、考え事をしていると靴を履くのを忘れて出かけちゃうとか、そういう抜けてるところもある」(東郷氏)

ちなみにメイ博士、最近は小惑星探査機「はやぶさ2」にも注目していて、日本のJAXAから提供された「小惑星リュウグウ」の画像データを加工して「立体視画像」を自身のSNSで公開。うーん、ブライアンのインテリ度ハンパないわぁ......。

今年1月、ゴールデングローブ賞の作品賞(ドラマ部門)と主演男優賞(ドラマ部門)の2冠に輝いた『ボヘミアン・ラプソディ』。フレディ役、ラミ・マレック(右)とブライアン・メイ
今年1月、ゴールデングローブ賞の作品賞(ドラマ部門)と主演男優賞(ドラマ部門)の2冠に輝いた『ボヘミアン・ラプソディ』。フレディ役、ラミ・マレック(右)とブライアン・メイ

■伝説2 自作ギターオタクかよっ!

リッチー・ブラックモア、ジミー・ペイジエリック・クラプトンらと共に、ロック史に燦然(さんぜん)と輝く「スーパーギタリスト」のひとりとしても知られるブライアン。

「クイーンサウンドの特徴であるギターの音を何回も重ねてオーケストラのような響きを生み出すアイデアは、やはりブライアンが考えたもの」(東郷氏)というように、サウンド面でもバンドの要ともいうべき存在だ。

その彼が、長年使っているのが愛器「レッド・スペシャル」だ。そのこだわりもハンパない。なんとこのギター、彼がまだ17歳のときに「航空機の設計などに携わっていた父親と一緒に手作りした」という、完全ハンドメイドの一品モノなのだ。

「古い暖炉に使われていた木で作ったら、木がメチャクチャ固くて加工が大変だった......というのはファンの間では有名な話ですが、いきなりギターを自作するなんて、ただのオタクじゃないですよね(笑)。しかも、このオリジナルギターを今も使い続けているのがすごい。

面白いのは、彼は確かにオタク気質なのですが、次々と新しいものにやみくもに飛びつくのではなく、むしろ一本のギターからどれだけたくさんのアイデアを引き出せるか、そうしたところに情熱を傾けるタイプ」(増田氏)

■伝説3 ジェントルマンかよっ!

ロックミュージシャンといえば、「不良」で「親に反抗して」......が定番のイメージ。しかし『ボヘラプ』では、わがままな天才肌のフレディや、女好きのロジャーと違って、「落ち着いたいい人キャラ」をにじませていたブライアン。あれってホントですか?

「ホントです(キッパリ)。僕が『ミュージック・ライフ』の編集長になった後にブライアンのソロの来日があって、レコード会社の担当者が楽屋に連れていってくれて『彼が新しい編集長だ』って紹介してくれたんです。

こっちからすれば中学の頃から好きなバンドのギタリスト、向こうからすれば初めて会う30ちょいの若造ですよ。それが『お会いできて光栄だ。これまでの前任の方にはとてもよくしていただいたんだ。これからもよろしくお願いします』って言うんです。しかも上品なイギリス英語で(笑)。僕は『ジェントルマン』の定義を知らないけど、彼みたいな人をジェントルマンっていうんじゃないでしょうか」(増田氏)

「クイーンのデビュー当時、アメリカに取材に行って初めて会って以来、ブライアンとは何度も話していますけど、その後、大スターになってからも、彼の態度はまったく変わりませんね」(東郷氏)

75年の初来日時、記者会見に応じるブライアン。確かに少女マンガから飛び出してきたかのようないでたち。これで長身で金持ちでインテリって、そりゃモテるでしょ!
75年の初来日時、記者会見に応じるブライアン。確かに少女マンガから飛び出してきたかのようないでたち。これで長身で金持ちでインテリって、そりゃモテるでしょ!

■伝説4 超親日家かよっ!

ブライアンだけではなく、クイーンのメンバー全員が「熱烈な親日家」として知られている。なぜならデビュー当時、彼らの魅力を世界でいち早く発見し、世界規模のスターになるきっかけをつくったのが、ほかならぬ「日本のファン」だったからだ。

「1973年にクイーンが最初のアルバム『戦慄の王女』でデビューしたとき、イギリスやアメリカでの評判はボロボロでした。『グラムロックの残りカス』とか言われてましたね」(東郷氏)

当初、海の向こうではそんな評価もされていたクイーンだったが、日本のファン、特に女性からは熱烈に受け入れられることになる。

それまでのハードロックがどちらかというと男性的で根っこにブルースの影響が色濃く残っていたのに比べて、クイーンの音楽はそうした要素が前面に出ていなかったため、女性にもなじみやすかったのだ。しかも、独特の派手な衣装やメンバーのビジュアルはまるで少女マンガの世界から飛び出してきたかのよう。

「75年に彼らが初来日をしたとき、羽田空港には数千人の女性ファンが殺到し、日本武道館公演の観客の9割は女性でしたね。ステージ前に押し寄せた女のコたちは次々と失神して、心配したフレディがライブを一時中断して彼女たちの救護をさせたほどでした。

あのとき、彼ら自身も『自分たちの人気に驚いた』と言ってましたし、こうした日本での評判が、海外でのクイーンの評価を変えるきっかけにもなった。それからずっと、クイーンにとってもブライアンにとっても、自分たちの魅力を発見し、理解し、愛してくれた日本や日本のファンは特別な国であり続けているんだと思いますね」(東郷氏)

増田さんも、日本に対する愛は本物だと断言する。

「最近、ブライアンが日本のファンの声に応える形で沖縄の辺野古埋め立て中止を求める署名への参加をSNSで呼びかけたのも、彼の日本に対する強い思いの表れではないでしょうか。

もちろん、あれだけのインテリですから、単にファンの声に応えただけじゃなく、事実関係を調べて、今日本で起きていることに憂慮したからこそ起こした行動なんだと思いますね。

彼はよく『日本という国自体が古い友人なんだ。武道館は自分にとっては特別な場所だ』と言っていますが、これも決してリップサービスなんかじゃなく彼の本心なんだと思います」

■伝説5 奇跡のバンマスかよっ!

最後は、超個性的なバンドメンバーをひとつに束ねて、フレディ亡き後も「クイーンの伝説」を守り続けるスーパー・バンマスの顔だ!

「各メンバーの人間性の部分ですけど、映画であれだけ克明に描かれていて、しかも面白いとうのみにしちゃうじゃないですか。でも、おそらくあれに限りなく近いんですよ(笑)、ブライアン自身も含めて。中立で平和的でみんなの言うことをちゃんと聞いて取りまとめる人に見えますよね。

エイズに侵されたフレディが自身の死を見据えながら制作に臨んだ91年の『イニュエンドウ』にしろ、彼の死後にまとめられた95年の『メイド・イン・ヘヴン』にしろ困難を極めるアルバム制作を中心になって推し進めたのはブライアンだったでしょうし、なんとか形にしてバンドを後世に伝えていくのが自分の役割だというのを強く意識していたはずです」(増田氏)

「バンドの中の位置関係で言うと、ブライアンはフレディのわがままをいさめることができる唯一の人ですよね。フレディが時間どおりにリハーサルに来なかったりしたとき、怒鳴ったのはブライアンらしいですから。ほかのメンバーは怒鳴らないですよ。ロジャーなら、あいつ抜きでやればって感じでしょうし。後で困るのはあいつだから勝手にすればいいよって(笑)。

ジョンはまともで、意外とフレディのことが好き。そこで、まあまあまあって収めるのがブライアンなんですよ。バンド内をうまく緩和していたブライアンという存在があったからこそクイーンは伝説になれたんじゃないでしょうか」(東郷氏)

●東郷かおる子 
1979年から『ミュージック・ライフ』編集長を務める。デビュー当時のクイーンをいち早く取り上げ、日本でのブームの仕掛け人。90年からフリー

●増田勇一 
『BURRN!』副編集長、『ミュージック・ライフ』の編集長を経て、1998年からフリーランスに。映画『ボヘミアン・ラプソディ』では字幕監修を担当

取材・文/川喜田 研 写真/Getty Images

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