藤竜也 「映画を撮ることは母の胎内で遊ぶような感覚」

2月3日(土)7時0分 NEWSポストセブン

最新作では孤高の老ハンターを演じた

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 取材を控え、撮影の準備や打ち合わせでバタバタとせわしないスタジオの一角で、俳優・藤竜也(76)はひとり静かにその時を待っていた。コーヒーを飲んでくつろぐでも、煙草をくゆらすでもなく、背筋をスッと正してただ真っ直ぐに一点を見据えたまま──。独特のオーラに包まれたその佇まいは、精神を研ぎ澄ませて己の魂と対話しているかのように感じられた。


 ほどなくしてインタビューが始まると、まもなく公開の主演映画『東の狼』について、藤はぽつりぽつりと、想いをしぼり出すように言葉を紡いだ。


「魂をさらわれちゃった、というのかな。監督の悩める魂を僕の中へギュウギュウねじ込まれたような……。それはもうきつい、過酷な現場でしたよ」


 次世代を担う若き才能を育む「なら国際映画祭」の映画制作プロジェクトの一環として誕生した今作。1984年生まれのキューバ人監督、カルロス・M・キンテラが手がけ、100年以上前に狼が絶滅した東吉野の山村を舞台に、藤が演じる孤高の老ハンターが幻の狼を熱く追う姿をドラマチックに描いた。


「物語の山場で老猟師が狼と対峙して銃を構えるシーンがあるんですが、現場は暗闇の洞窟でね。かすかな光の先にカルロスの顔が浮かんだら、なんともいえない悲しげな、戸惑ったような表情で僕が演じる老猟師、つまり彼自身を見つめていた……。これは監督の魂のポエムだと悟ったけれど、キューバの若きインテリの魂の咆哮なんてものは想像がつかない。僕はその異質な魂に憑かれたまま、狼に憑かれた老猟師をただ一生懸命やろうと挑んだ」


 異国の監督の苦悩や哀しみを受け入れ、役柄を通して吐き出す行為を繰り返す日々。消耗も激しかった。


「彼の魂を宿して過ごす日々は、ひたすらに苦しかった。毎日が果てしなく重い。吉野へ移り住んで撮影した1か月間、息抜きできたのは近所のコンビニ。10キロも離れているんですが、そこへ朝4時頃に出かけてしばらく看板の灯をぼおっと眺めるんです。あの灯は全都市共通だからね(笑い)。そこで少し自分を取り戻すと、活力も少し出てきた。クランクインの頃に咲いていた吉野の桜にも心が救われましたよ。僕が借りていた村営住宅の前に桜があって、それは嬉しかった。やっぱり春になると毎年、『あぁ、今年も桜がみられた!』という感慨があるのでね」


 もがきながらも、異文化で育った監督との共同作業は刺激にもなった。


「完成した作品は哀しみに満ちていたけれど、その中から人間の生きる力強さが否応なしに伝わってきた。そこには感心しましたねぇ。意思疎通も不便でわからないことがたくさんあったなか、僕が惹かれたのは物語性。老猟師はもういない狼を信じていて、一途に追い求める。ロマンチックじゃないですか。もしかしたら、僕らの中には狼が潜んでいるのかもしれない」


 その実態はわからないと首を傾げながらも、「僕にはもうない」と断じる。


「若い時にはそれらしきものが自分にもあった。喩えれば、猛々しさや壊したいという欲望。あの頃は先行きが見えなくて、それでも進まないといけなかったから。だけどもし、秘めた渇望を狼とするならば、今の僕にとってそれは映画。次の作品が“狼”だね」


 そう話し、いたずらっぽく表情をゆるめた。地元横浜の老舗ホテルでカクテルを監修するほど酒に通じ、愛煙家でもある。幸せに感じる瞬間はと問うと、映画を撮っている時間と即答した。


「映画の撮影中は永遠に終わりがこないんじゃないかと思うほど苦しくて、楽しくてうきうきするような現場に出会ったことなんて、いっぺんもない。それほど苦しいのに、これが楽しいんですよ。なぜなら映画は、僕の第二の母みたいなものだから。本名の僕ではない、役者『藤竜也』を産んでくれた。だから映画を撮ることは母の胎内で遊ぶような感覚なのかな。年寄りの役はたくさんないから歳を重ねた僕は心配だけど(笑い)、こうして生きている限りはずっと映画に出続けたいね」


 微笑みながら穏やかにそう語り、ようやくくつろいだ表情で、大好きな煙草をおいしそうにくゆらせた。


【PROFILE】ふじ・たつや/1941年、中国・北京生まれ、横浜育ち。1962年に日活映画『望郷の海』でデビュー。『愛のコリーダ』(1976年)で報知映画賞最優秀主演男優賞、『村の写真集』(2005年)で上海国際映画祭最優秀主演男優賞を受賞。近年は北野武監督作品『龍三と七人の子分たち』(2015年)、倉本聰脚本ドラマ『やすらぎの郷』(2017年)などに出演し、話題を集める。なら国際映画祭の映画制作プロジェクト「NARAtive」作品『東の狼』は昨年の第30回東京国際映画祭でも特別上映され、2月3 日より全国順次公開。秋には『CHEN LIANG』の公開を控える。


■撮影/江森康之 ■取材・文/渡部美也


※週刊ポスト2018年2月9日号

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