イスラム国人質事件 集団的自衛権を持ち出す議論はこじつけ

2月4日(水)7時0分 NEWSポストセブン

「イスラム国」による邦人人質事件に関し、新聞やテレビは、これほどの異常事態でも、「発言しそうな人に発言しそうなことを言わせる」いつもの調子に終始していた。


〈集団的自衛権行使の問題も含め、中東関与のあり方を再検討する局面に来た。日米同盟の名の下に中東まで踏み込む「積極的平和主義」を続けるなら、テロ勢力を敵に回す可能性も増す。政権も国民も、本当にその覚悟があるのかが問われている〉


 イスラム国による日本人人質殺害が予告された翌々日の朝日新聞1月22日付オピニオン欄に掲載された、臼杵陽・日本女子大学教授のコメントである。


 同様の意見は、安倍政権の外交・安全保障政策に批判的なメディアや識者の間で相次いだ。まるで鬼の首を取ったかのように、「安倍のせいで人質が死んだのだから、タカ派路線をやめろ」と迫っている。


 事件と政策論を直結させるこうした風潮に異を唱えたのが、イスラム研究者の池内恵・東京大学准教授だ。


〈「テロはやられる側が悪い」「政府の政策によってテロが起これば政府の責任だ」という、日本社会で生じてきがちな言論は、テロに加担するものであり、そのような社会の中の脆弱な部分を刺激することがテロの目的そのものです。(中略)「特定の勢力の気分を害する政策をやればテロが起こるからやめろ」という議論が成り立つなら、民主政治も主権国家も成り立たない。ただ剥き出しの暴力を行使するものの意が通る社会になる〉(池内准教授のブログより)


 正論である。テロに屈して国家が政策を変えたりすれば、それこそ日本が国際社会から脱落することになるだろう。そもそも、イスラム国側は人質事件の理由として、「集団的自衛権」など一言も触れていない。彼らが「口実」にすら使っていない政策を問題にするのは、人質事件を自分たちの政治信条に利用するこじつけにしか見えない。


 だが反対に、「このような事件を防ぐには、憲法改正しかない」という議論が高まることにも違和感がある。もちろん、憲法改正論議は大いに活発化すべきだが、それはあくまでこの国の歴史と未来のために大きな視野で議論されるべきであって、この事件から一足飛びに結びつけられるべきものではない。


 つまり、「テロがあったから集団的自衛権の行使をやめよう」も、「テロがあったから憲法を改正しよう」も、この事件を政治利用しようとする点では同質なのだ。


※SAPIO2015年3月号

NEWSポストセブン

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