小出しにされる皇室関連報道 政権側の思惑絡みが多い

2月4日(土)7時0分 NEWSポストセブン

陛下の周りには“包囲網”が…

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 1月23日に公表された論点整理を基に、議論が大詰めを迎えている天皇陛下の生前退位。陛下が皇室典範改正も含めた恒久的な制度設計を望まれている一方で、安倍晋三首相を中心とした官邸側は「1代限り」の方向で議論をリードしている。


 生前退位の方針が決まる特例法案の国会提出は5月上旬の見込みだ。猶予はわずか3か月弱。陛下の悲願は瀬戸際にある…。


 陛下、ひいては皇室と、安倍首相の相容れない関係は今に始まったことではない。安倍首相が初めて内閣総理大臣の席に座ったのは2006年9月のこと。だが、相克の源流はそこからさらに1年さかのぼる。


「当時、小泉純一郎政権下では、女性・女系天皇容認の議論が進められ、法案化寸前でした。長らく男子が誕生しなかった皇室において、安定的な皇位継承の幅が広がるもので両陛下の期待もあった。ところが、当時の官房長官だった安倍さんの主義主張とは違うもの。結局、首相就任直前に悠仁さまが誕生されたのを契機に議論が潰されてしまった」(政治記者)


 2012年10月には当時の民主党・野田佳彦政権下で「女性宮家創設」論議が高まりを見せ、皇室典範改正に向けた論点整理が発表された。ところがそれからたった2か月後、返り咲きを果たした安倍首相は女性宮家が女系天皇への呼び水となるとし、《皇位継承は男系男子という私の方針は変わらない。野田政権でやったことは白紙にする》と表明した。


 だが、両者の相克は皇統の問題に限ったことではない。2013年12月の誕生日会見で、陛下は次のように述べられた。


「戦後、連合国軍の占領下にあった日本は、平和と民主主義を、守るべき大切なものとして、日本国憲法を作り、様々な改革を行って、今日の日本を築きました」


 憲法の重要性に改めて言及された理由には、イラク戦争初期の2003年に始まった特措法による自衛隊のイラク派遣、その延長上にあった「9条問題」「憲法改正」への牽制もあったことだろう。だが、安倍政権は2015年5月、安保法制を成立させ、「いわゆる駆け付け警護」の任務を付与された自衛隊施設部隊が昨年12月から南スーダンに派遣されている。


 陛下のご学友で皇室ジャーナリストの橋本明さんは憤る。


「平和憲法を骨抜きにする姿勢を示したことは、安倍首相が陛下をないがしろにしているということだと思います」


 さらに安倍首相は1月20日の施政方針演説で「(改正)案を国民に提示するため、憲法審議会で具体的な議論を深めようではありませんか」と述べ、憲法改正へまい進している。


 ついには昨年9月26日、4年4か月にわたって宮内庁長官を務めた風岡典之氏が職を退いた。風岡氏は、9月15日に70才の誕生日を迎えたばかりだった。



「70才の節目に勇退するのが宮内庁長官の慣例。ですが、誕生日から10日ほどでの退任は異例で、異動時期である年度末までは長官の職を全うするとばかり思っていました」(宮内庁関係者)


 宮内庁は「内閣府に置かれる機関」である。そのため、政権の意向とは切っても切れない関係にある。


「風岡氏は、両陛下のお気持ちを第一に優先してきました。ですが、それが政権側からは“両陛下や皇族方に寄り添いすぎる”と映っていた。退任が早まったのは、風岡氏の存在を疎んじた政権側からの何らかの働きかけがあったからでしょう。さらに、ナンバー2である宮内庁次長に西村泰彦氏が就任。西村氏の前歴は内閣危機管理監、つまり、直前まで安倍首相の手元にいた人物です。宮内庁内部に目を光らせると同時に、安倍首相が描く方向にコントロールしやすくなります」(前出・宮内庁関係者)


 陛下の周りには、いつしか“包囲網”が張り巡らされていった。そして迎えた2017年。正月から皇室関連報道が連日世間を賑わせては、宮内庁側が否定するということが相次いでいる。


「出元は大抵が政権側。情報を小出しにする理由は、世論がどの程度まで生前退位後の皇室の在り方を許容するか見定める観測気球のような意味合いがある。一方で“秋篠宮さまを皇太子待遇にする”といった、以前から議論されてきた課題の解決法を示すことには、“いろいろと改善するから、とりあえず今回は1代限りでいいじゃないか”と宮内庁側の懐柔という狙いもある」(前出・政治記者)


 陛下の望まれる未来か、安倍首相の描く青写真か——決着の時は近づいている。


撮影■雑誌協会代表取材


※女性セブン2017年2月16日号

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