本田博太郎 胡蝶蘭でなく霞草とかタンポポでいいから満開に

2月4日(土)7時0分 NEWSポストセブン

独特な存在感から「怪優」とも称される本田博太郎

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 映画史・時代劇研究家の春日太一氏による週刊ポスト連載『役者は言葉でできている』。今回は、いまではその独特な存在感から「怪優」と称されることもある本田博太郎が、若き日に演出家故・蜷川幸雄さんから教わったことについて語った言葉からお届けする。


 * * *

 本田博太郎は1979年に蜷川幸雄演出の舞台『近松心中物語』で、平幹二朗の代役として主役を演じて注目を浴びる。


「劇団というのは合わなかった。組織の中でやっていく人間じゃないんだよね。いい子になるのは嫌だから。小さな組織の中でごますり合いながら役をとるなんて、俺には面倒臭かった。


 そんな時に蜷川幸雄さんが新人を探しているというので面接を受けたら良き出会いがあって。それからは蜷川さんの下で大部屋俳優みたいなことをしていました。やはり商業演劇というのは、名がないと役がつかないんです。


 公演の中日に平さんが倒れ、『お前やれ』と抜擢されました。


 蜷川さんから教わったのは演技というより生き方です。生き方が俳優に反映するということ。


 たとえば、『ロミオとジュリエット』をやった時、俺はロミオ役で神父に甘えるシーンがあるんですが。蜷川さんに『バカ野郎! お前は人に甘えたことがないから、甘える芝居ができないんだ! 全身全霊で神父に甘えるんだよ!』と怒鳴られました。嬉しくて、涙が出ましたね。たしかに俺は人に甘えたことがなかった。そのことを見抜かれちゃったんです。


 演技術じゃないんですよ。俳優は演技を見せるんじゃなくて、自分の生きてきたものを反映させていかなければならない──。そのことを教わりました。テクニックだけの役者を観ても感動しない。下手でもハートが強烈に強い奴の方に目が行く。だから、俺の奥底にあるものが湧き出て、それが画面に表現できた時は『俳優をやっていてよかった』と思う」


 その後、仕事の流れが少しずつ変化し、脇役・悪役に回ることが多くなってきた。


「『近松』をやり遂げてマスコミにちょっと注目された時、勘違いが始まったんですよ。とんでもない生き方を数年間しました。そうすると、見事に潮が引いていくんですよ。その時に女房に『そろそろ気がついて。また一から出直す覚悟でやったほうがいいんじゃないですか』と言われましてね。それではたと気づいて、『よし、もういっぺん気合いを入れて蘇生するぞ』と決意しました。今度は一歩一歩を丁寧に確実に上がっていこう、と。


 あのまま勘違いしていたら、もうとっくに消えていましたね。


 やっぱりワルな役のほうが俺なんだよね。だから、ワルな役がどんどん回ってくる。水を得たという感じがしているんです。立派な役なんかもらっちゃうと、かえって『いや、えらいこっちゃ』となってしまう(笑)。


 役の大きさはどうでもいいんです。血肉をつけられない役だったら、やりませんよ。どんな小さな役でも、血肉をつけて現場に行くことができると思えたら引き受けます。人間が見えない役だったら、俺は家の庭に水をまいていたい。


 人にはそれぞれの花があって、俺は俺なりの花を開かせるしかない。俺が胡蝶蘭になろうとしても墓穴を掘りますよ。霞草とかタンポポでいいから、それを満開にさせることがテーマだから。慢心したら次はないと思う。人間を表現したいんです」


●かすが・たいち/1977年、東京都生まれ。主な著書に『天才 勝新太郎』『鬼才 五社英雄の生涯』(ともに文藝春秋)、『なぜ時代劇は滅びるのか』(新潮社)など。本連載をまとめた『役者は一日にしてならず』(小学館)が発売中。


◆撮影/藤岡雅樹


※週刊ポスト2017年2月10日号

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