「今すぐ運転士を呼んで謝罪させろ!」もはや電話を取るのが恐怖…バス運行管理者によるヘビーすぎるクレーム対応、その実態

2024年2月5日(月)6時30分 婦人公論.jp


綿貫さん「電話を取るのが恐怖になるほど、バス営業所にかかってくる苦情の電話は多い」(写真提供:Photo AC)

バスの運転士不足が叫ばれる中、路線バスを減便する動きが全国各地でみられています。日本バス協会によれば、12万1000人の運転手が必要なのに対し、現状11万1000人とすでに1万人不足しており、その不足は今後さらに拡大していくそうです。一方、バスの運行管理者の経験を活かし、交通系YouTuberとして活動しているのが綿貫渉さんです。その綿貫さんいわく「電話を取るのが恐怖になるほど、バス営業所にかかってくる苦情の電話は多い」そうで——。

* * * * * * *

苦情電話


電話を取るのが恐怖になるほど、バス営業所にかかってくる苦情の電話は多い。

鉄道やバスでの苦情といえば、実際に利用している乗客から寄せられるものというイメージがあるだろう。その通りではあるが、バスではそれ以外の人から苦情が来ることも意外と多かった。特に多いのはクラクションについてである。

バス停付近で路上駐車している車にバスの存在に気づいてもらうためにやむをえずクラクションを鳴らすことがあるが、そうすると路上駐車している車のドライバーから「クラクションを鳴らされた、煽(あお)られた」と苦情が入ってしまう。

こちらに非がある内容ではないが、苦情が入った以上は対応しなくてはならない。

効率良く業務を行うためには苦情が入らないのが一番だから、結果として、同様の状況ではクラクションは使わずにやり過ごすのがベストになってしまう。

乗用車のドライバーからの苦情


クラクション以外にも苦情は来る。

「おい、さっき浦沢駅近くでお前のところのバスに幅寄せされたんだけど! しかも信号待ちで横に並んで俺のほうを睨んできやがった。ケンカ売ってんのか!」


『逆境路線バス職員日誌 車庫の端から日本をのぞくと』(著:綿貫渉/二見書房)

電話の主は、一般の乗用車のドライバーで、運転士の動向が気に食わなかったようだ。乗用車のドライバーということは、バスの乗客ではない。

鉄道会社で駅員をやっていると、苦情を言ってくるのは100%客であり、客ではない人から苦情を言われることはなかった*1。

しかし、バスの営業所では乗客以外からの苦情も受けることがある。それに、苦情に対応して理解を得たとしても、バスを利用してくれるわけではなく、何の増収にも繋がらない。考えるほどに気分が重くなってくる。

「申し訳ございません。後ほどドライブレコーダーの映像を確認して運転士に指導します」

その場で事実関係を確認してリアルタイムに対応することはできないので、どうしてもこのような回答になってしまう。このため、対応が長期化することが多い。ただ、折り返しの連絡は不要と、そこで対応終了となることもたまにある。今回もそうなるといいなと思っていると、

「指導しますじゃねえんだよ! だいたいお前らは指導しますとか言って実際は何もしてないだろ! お前らの会社の運転士はいつも運転が荒いんだよ! 今すぐ運転士を呼んできて直接謝罪させろ!」

この調子である。言いたいことはわかる。わかるが、この場ではどうにもできない。

「申し訳ございません。あの……、私が責任をもって運転士に指導します」

このあとにどのように対応しようかと考えることしか頭になく、自信なさげに答えてしまったが、

「それじゃあダメだって言ってるんだよ。お前新人か? そんなんで運転士に指導とかできるの?」

弱気な返答が見透かされたようで、どんどんヒートアップしていく。

【*1】とはいえ駅員が言われないだけで、コールセンターでは客以外からの苦情を受けているだろう。

延々と苦情が終わらない


駅員が駅の改札で苦情を受ける場合、乗客は目的地へ移動している最中であり、時間の制約がある。言いたいことを言い終われば去っていくことが大半だ。しかし、このように電話で苦情を受ける場合、苦情主は自宅で時間がたっぷりある状態で電話をかけてくる。

いくら話を聞いても終わらないこともたびたびある。今回もこの調子で30分以上暴言を浴び続けた。

当たり前だが、苦情の対応をしている間でも、運行管理者の本来の仕事もある。翌日以降の勤務や車両の運用を考えていたとしても完全にストップせざるを得ない*2。

結局、今回の苦情についてはひとまず運転士を私が指導し、その内容について折り返し連絡するということになった。

折り返し連絡するには苦情主の氏名や電話番号を聞く必要があるが、大半は普通に教えてくれる。これだけ激しく苦情を言った相手に氏名や連絡先を伝えるなんて、復讐されそうで自分なら絶対にやろうと思わないが、彼らにはそういった考えはないらしい。

今回も、再度彼と電話する必要があることが確定してしまい、今から気分が重い。

苦情を言われた側である運転士の守屋さんが営業所に戻ってきた。苦情があったことを説明し、話を聞く。

「いや、俺は普通に運転してただけで、まったく身に覚えがない」

とのことだ。しかし、「身に覚えがないとのことです」と折り返し連絡するわけにはいかない。ドライブレコーダーを確認する。

「あっ、ここですね」

苦情主が現場の位置を詳しく伝えてきたため、その場所についてはすぐに特定できた。この浦沢駅付近の道路は、片側2車線だが一時的に左側の車線が狭くなるポイントがある。

ここを通過する際は少し右に寄る必要があるが、その際に右の車線を走っていた車が苦情主だろう。その後、信号待ちで並んだ際に睨まれたというのも、確かに守屋さんは右を見ているが、1秒にも満たない時間である。

睨んだわけではなく、信号待ちで対向車線など周囲の動向に目をやったように見える。

「ここは道が狭いので、状況によっては右側の車線を走る車と並ばないように走行してください。また、睨んでいないのは私もわかりますが、ほかの車に誤解を受けるような動きは控えてください」

と守屋さんには伝えた。守屋さんもあまり納得がいっていない様子ではあったが、わかりましたと聞いてくれた。

【*2】非常に頭を使う作業であるので、苦情で中断させられるとかなりのダメージだ。

ヘビーなクレーム対応


次に、苦情主に電話をかける。

「もしもし、先日のご意見の件ですが、運転士に指導いたしました。運転士も反省しており、このようなことは二度と発生しないようにすると言っています」

「そうですか、綿貫さんって言ったっけ? あなたが対応してくれた誠意は確かに伝わってきたけど、俺はあの運転士が許せない。運転士から直接謝罪の言葉を聞かない限り納得いかない」

これは困った。

「お気持ちはよくわかりますが、私は運行管理者として、運転士を指揮監督する立場ですので、私が責任をもって指導させていただきました*3」

運転士に対する苦情でも、その対応をするのは運行管理者の仕事であるのは本当だ。

「営業所に運転士がいるんだろ? いま運転中だったら営業所に戻ってからでいいから本人に電話代われよ」

どうするべきか……と考えていると、その様子を近くで見ていた守屋さんが電話を代われと合図をしてくる。本当は良くないことだが、代わってもらうのが一番スムーズにいくだろう。それでダメだったらまた私が対応すればいい話だ。

「お電話代わりました運転士の守屋です。このたびは申し訳ありませんでした」

と答えると、

「あ、あのときの運転士さん? そう、わかったんならいいんだけど。気をつけろよ」

と言い、唐突に電話を切られた。この苦情の対応はこれで終わったが、どっと疲れが出た。

このようなクレームが年に1回くらいであればまだ割り切れるが、小さい苦情は毎日のようにあるし、数十分にわたる対応が必要な苦情も月に数件は発生していた。

ほかの車や歩行者がいる道路を走る上に、遅れは日常茶飯事。苦情が発生する確率は鉄道より圧倒的に高い。私が駅員を務めていた駅では小さな苦情すら1回も言われない日のほうが多かったが、それとは大違いだ。

バスの営業所という職場が苦情対応の面でも、かなりハードだということを思い知った。

【*3】よくテレビで企業の不祥事に関する会見の様子が報道されるが、そこで謝罪しているのもミスや不祥事を発生させた本人ではなく、上司の側だ。それと同じである。

※本稿は、『逆境路線バス職員日誌 車庫の端から日本をのぞくと』(二見書房)の一部を再編集したものです。

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