「拝啓 私。あなたの夢は叶います」同性愛を公表したNFL女性コーチがスーパーボウルに

2月8日(土)12時0分 文春オンライン

 全米を熱狂させるスポーツ、アメフトの世界で成功するには時間がかかる。もしかして、成功しないかもしれない。


 それは、選手もコーチも同じことだ。


 しかし、わずか4年目で成功をつかんだ女性コーチがいる。彼女の名は、ケイティ・サワーズ。第54回スーパーボウルに出場したサンフランシスコ・49ersの攻撃アシスタントコーチだ。彼女は、スーパーボウルにフルタイムコーチとして出場したNFL史上初の女性コーチになった。



女性コーチとして初めてスーパーボウルに出場したケイティ・サワーズ(写真右から3人目)


子供時代の自分へ「あなたの夢は叶います」


 そしてもう1つ、彼女が注目を集める理由がある。


 それはサワーズが、自分が同性愛者であると公表していたことだ。この性的志向が彼女自身を苦しめた時期もあったという。しかし、自分を信じ、周囲を信じることで、男性スポーツの世界で女性が輝ける場所を作った先駆者となり、今回のスーパーボウルで歴史を作った。そして、すべてのスポーツを愛する女性から、公表できないLGBTQまで多くの人々に勇気を与えている。


 スーパーボウル前に配信されたマイクロソフト社のCMで、サワーズは子供時代の自分へ宛てた手紙を読んでいる。


「私はいつか本当のフットボールの一員になると願っています。お飾りでここにいるわけではありません。チームの勝利のためにここにいます。私はこの少女に、自分を持ち続けるようにいいたいです。あなたの夢は叶います——」


「性的志向」を理由にコーチ業を断られた失意の日々


 カンザス州の田舎町で育ったサワーズは、多くの子どもたちと同様に双子の姉妹や、近所の友達とフットボールをプレイし、フットボールに情熱を傾けた幼少時代を過ごした。その後、インディアナ州にあるカレッジに進んだサワーズは、サッカー、バスケットボール、陸上競技に打ち込んだ。


 そしてこの頃、自分が「同性愛者である」と両親にカミングアウトしたという。両親からの反応は、「愛情を持って受け入れてくれた」と、本人はメディアのインタビューで話している。



 カレッジで自身の競技生活が終わるに際し、サワーズは小さな頃からの夢に挑戦しようと考えたという。そして、「バスケットボールのボランティアコーチをしたい」と学校側に打診した。だが、学校側は彼女の性的志向を理由にその申し出を断った。「性的志向を理由に判断されたのは初めてのことだったので、あの時は本当にショックでした」とサワーズは当時を振り返る。「いつかフットボールのコーチになりたい——」。そんな夢を持っていた彼女は、ひどく落ち込んだという。


 コーチ業を断られたサワーズは、失意のどん底だった。だが、フットボールへの想いは再び彼女の情熱を呼び起こした。「コーチが難しいのなら」と、サワーズはアメリカの女子フットボールリーグであるウィメンズ・フットボール・アライアンスに挑戦し、8年間プレイ。2013年には女子アメリカンフットボール米国代表の一員として、女子ワールドカップの優勝も経験した。



スコット・ピオリ氏との運命の出会い


 加えてサワーズは、2012年から2016年にはカンザスシティにあるバスケットボールチームで小学生相手のコーチも務めていた。そしてここで運命的な出会いを果たす。教え子の中に、前カンザスシティ・チーフスGMのスコット・ピオリ氏の娘がいたのだ。


 ピオリ氏は、サワーズの娘への指導に感銘を受け、自身が2014年にアトランタ・ファルコンズのアシスタントGMに招聘されると、2016年にはNFLの多様性プログラムを利用して、サワーズにインターンコーチをオファーしたのだ。


 ピオリ氏は当時のことについて、こう振り返る。


「ようやく決断する時がきたんだ。当時、ファルコンズの攻撃コーディネーターを務めていたカイル・シャナハンも、彼女をオフェンスサイドでコーチさせることに100%同意していた」


 ピオリ氏を信頼するサワーズに断る理由はなかったという。そして、オフシーズンからトレーニングキャンプまでの9か月間、インターンながら夢であったコーチ業の第一歩をNFLという最高峰の舞台で踏み出したのだ。



 さらに翌2017年に転機が訪れる。


 シャナハンがサンフランシスコ・49ersのヘッドコーチに就任すると、サワーズは6月に同様のプログラムで、チームの一員に採用。同年の秋には1シーズン限りながら攻撃アシスタントコーチに就任した。


男性プロスポーツチームで、初めてLGBTQを公表したコーチ


 そしてサワーズは、このタイミングで大きな決断をする。


 同性愛者であることを公表したのだ。


 学生時代、コーチを断られた苦い思い出がフラッシュバックしたかもしれない。それでも、彼女は自分に正直に生きることを選んだ。学生時代の経験について、「あの経験がなければ、今日の私はこの場にいないと思います」と話したように、サワーズはネガティブなこともプラスに変えている。サワーズは米メディアのインタビューに対してこう話している。


「人生で最も大切なことの一つは、自分に対して正直であること。NFLだけでなく、どんな世界でもLGBTとして同一視できない人がたくさんいます。彼らは性的志向について公表できずに苦しんでいます。私たちが人種、性別、性的志向、宗教などの多様性を受け入れる環境を作れれば、多くの人を抱えている苦しみと重荷から解放できます」



 実はNFLでは、2014年に自らがゲイであることを公表し、リーグから姿を消した選手もいた。そんな姿を見て、サワーズはNFLにもLGBTQを公表できずにいる人間が多くいると信じていた。肩身が狭い思いをしている同胞を、苦しみから救うため、勇気ある行動に出たのだ。こうしてサワーズは、NFLだけでなく、男性プロスポーツチームで初めてLGBTQを公表したコーチとなった。


エースは「今までで最もクールなコーチの一人」と絶賛


 そして2018年、サワーズはついにフルタイムのコーチとして、49ersに迎え入れられた。NFLでは2016年にバッファロー・ビルズがカスリン・スミスをスペシャルチームのコーチとして雇用して以来、NFL史上2人目のフルタイム女性コーチとなった。


 そして、NFL4年目の2019-2020シーズンに、スーパーボウルに出場したNFL史上初のフルタイム女性コーチとなった。NFLでは2019-2020シーズン、サワーズ含めて8人の女性コーチがおり、そのうち4人がフルタイムワーカーだ。



 サワーズの仕事は、チーム内から多大なるリスペクトを得ている。サワーズがコーチする49ersのレシーバー陣や司令塔は、こんな風に彼女を評する。


 スーパーボウルでの優勝経験もあるベテランWRエマニュエル・サンダースが「今までで最もクールなコーチの一人さ」と語れば、エースQBジミー・ガロポロも「彼女は素晴らしいね。元気だし一緒にいて楽しい」と絶賛する。



 性別、人種、肌の色、髪の毛の色、目の色、経歴などは、彼女にとって大きな問題ではないのだ。すべてを自分の美しさであると受け入れ、常に自分を信じることこそが、サワーズの想いなのである。


レシーバー陣がナイスキャッチを連発


 スーパーボウル当日の2020年2月2日(日本時間2月3日)。


 決戦の舞台となったマイアミの空は、前日の大雨から一転して、スーパーサンデーを祝福するかのような快晴だった。ハードロック・スタジアムに集まったカンザスシティ・チーフスとサンフランシスコ・49ersのファン、そしてフットボールジャンキーたちは試合開始を待ちきれないかのようにチャントを叫びお互いを煽る。


 この時点から、ややチーフスファンの声が大きいように感じた。49ersファンは、よそゆきのような雰囲気を出していた。18時30分から国家斉唱、コイントスのセレモニーなどが行われ、いざキックオフ。


 前半は、お互いの手の内を探るかのような展開で10対10の同点。そして第3Q、49ersはフィールドゴールで3点を勝ち越すと、インターセプトで攻撃権を奪取した後のドライブでは、ディーボ・サミュエルやケンドリック・ボーンといったサワーズが指導したレシーバー陣がナイスキャッチを連発。最後はRBラヒーム・モスタートがゴール前1ヤードでエンドゾーン内に力づくで押し込みリードを10点に広げた。


 ここまでは完全に49ersペースだったが、チームは6度目の美酒を味わうことができなかった。チーフスは、若き24歳のQBパトリック・マホームズに指揮された攻撃陣が第4Qに爆発。6万人以上を収容したファンのほとんどがチーフスファンかと思わせるほどの圧倒的な応援もあり、最終Qで21点を奪い31対20で50年ぶりのスーパーボウル優勝を成し遂げた。



多くの人に大きな勇気を与えるLGBTQのロールモデルに


 サワーズは夢の舞台には到達したが、スーパーボウル優勝というさらなる高みに行くのは、来年以降に持ち越された。スーパーボウルの数時間後に投稿したTwitterでは、すでに前を見据えるメッセージを投稿している。


「みんな本当にありがとう。シーズンは私たちが望んだようには終わらなかったけれど、これからも前に進み続けます」


 そして画像には、「成功があがりでもなければ、失敗が終わりでもない。肝心なのは続ける勇気である」というウィンストン・チャーチルの名言が書かれていた。



 今年はスーパーボウルリングを指にはめられなかったが、来年以降にスーパーボウルを制した女性初のコーチになり、NFL初の女性ヘッドコーチ、初の女性GMとなる日も、そう遠くはないのかもしれない。


 彼女が自分に正直に生きて、続けていく勇気を持っている限り。


写真=田口有史/Yukihito Taguchi



(一野 洋)

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