本郷和人『べらぼう』にて財政改革を推し進める<田沼施政>。21世紀の今もその評価が定まらない意外な理由とは…

2025年2月8日(土)12時0分 婦人公論.jp


(写真:stock.adobe.com)

日本のメディア産業、ポップカルチャーの礎を築き、時にお上に目を付けられても面白さを追求し続けた人物“蔦重”こと蔦屋重三郎の生涯を描く大河ドラマ『べらぼう〜蔦重栄華乃夢噺〜』(NHK総合、日曜午後8時ほか)。ドラマが展開していく中、江戸時代の暮らしや社会について、あらためて関心が集まっています。一方、歴史研究者で東大史料編纂所教授・本郷和人先生がドラマをもとに深く解説するのが本連載。今回は「財政改革」について。この連載を読めばドラマがさらに楽しくなること間違いなし!

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深刻な問題となった<幕府の財政赤字>


前回、炭販売の資金を都合してもらうべく田沼意次のもとをおとずれた平賀源内。

そこで「開国」も含めて、幕府の財政を豊かにするための方策について二人は議論を交わす、というシーンが描かれました。

すでにドラマでは、幕府の財政運営に限界を感じた意次が改革を推し進めるも、保守的な老中首座・石坂浩二さん演じる松平武元らとぶつかる、という場面がたびたび出てきていますが、実際、江戸幕府が開かれて100年も経過すると、財政赤字が深刻な問題になったために、たびたび改革が求められることになります。

今回はその「財政改革」について考えてみたいと思います。

変わる<三大改革>の評価


財政危機を前に「このままではまずいぞ」と、8代将軍の徳川吉宗は幕府の政治・経済の刷新を図ります。これが<享保の改革>です。


本郷先生のロングセラー!『「失敗」の日本史』(中公新書ラクレ)

吉宗の努力は一応の成果となって現れました。

その経済政策は、松平定信の<寛政の改革>、水野忠邦の<天保の改革>へと継承されていきます。そしてこれらを<三大改革>と呼びます。

教科書にも明記されているので覚えていらっしゃる方も多いはず。

なお今から45年くらい前、ぼくが学生だったときには、この<三大改革>は高く評価されていました。

でもあれから時間が経過するうちに、変化が生じました。たしかに<享保の改革>はギリギリ合格点だった。でも<寛政の改革>はうまくいかず、<天保の改革>は明らかに失敗に終わった…という感じで捉えられるようになったのです。

さらに揺れる<田沼施政>の評価


また<寛政の改革>の前に位置する田沼意次のインフレ政策は、評価がさらに変化している。

それこそぼくが習ったときには「田沼の政治はワイロ政治で幕政紊乱の基になったので宜しからず」といわれていたのが、徐々に「いや、経済を回して景気を活性化させようとする田沼施政はむしろ正しかったのではないか」との見方が優勢になりました。

ところが最近になると、「いやいや、田沼はインフレに誘導したというが、その根本は<質素倹約>で、吉宗や定信の幕政運営と同じなんだよ」との意見も出るように…。

ここまで読んで「え!? じゃあどの見方が正しいの?」と感じた読者もいらっしゃることでしょう。

要するに「江戸時代に行われた経済政策への評価はそもそも難しい」ということなんですね。

では、どうしてこんな事態が惹起されるのか? それは<歴史研究者の資質>のほうに問題があるからではないか、とぼくはにらんでいます。

税の問題や経済は難しい


江戸時代には、その前の時代である中世と違って、庶民がぐぐっと台頭してきます。彼らの経済活動は広範で多様化しており、捉えるのは簡単ではありません。

現在の財政を考えてみてください。

国民民主党やれいわ新選組などは「減税」「消費税廃止」を強く訴えている。でも、同じ野党であるはずの立憲民主党は、いま減税したらそのツケが若者世代に及ぶとして、こと税金に関しては、自民党や財務省寄りの姿勢を示しているように見えます。

どちらが正しいのか、ということをここでは問題にしません。「税の問題や経済はそれだけ難しい。見方が一つではない」ということを確認したいのです。

庶民が経済の主人公であった、というのは江戸時代も現代も同じです。だから既に多様化していた当時の経済状況を捕捉するのは、まったく容易ではないのです。

経済はやはり数字


翻ってぼくたち歴史研究者は、概して数字に弱い。

数学ができないから、日本史なんぞを研究する道に進んだ人間もいるわけで、要するに文系人間なのです。だから他分野の研究とはいっても、文学とか、民俗学とか、美術とか、哲学とかはまあ何とかなる。といっても、専門の先生方から色々教えていただかなくてはなりませんが。

ところが、経済はやはり数字です。

数学、統計学など、文系人間には頭の痛くなる学問を本格的に学ばないと、経済を論じることはできません。

中世でも鎌倉時代くらいまでなら、そこまで経済の多様性が顕在化していないので、ぼくたちでも何とか対応できます。でも商人層の活動が活発になる室町時代中期以降になると、経済は難しくなる。江戸時代となると、尚更です。

こうした背景があるので、三大改革や田沼施政をうまく評価できない、という事態に陥るんじゃないか、と根っから文系人間のぼくは邪推しています。

この解釈は当たらずといえども遠からず、ではないかなあ…。読者のみなさまの感想は、いかがでしょうか?

婦人公論.jp

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