日本でも起きていたカトリック神父の性虐待 実名告発の衝撃

2月9日(土)16時0分 NEWSポストセブン

神父による小児性虐待を告発した竹中勝美氏

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 子供を対象にした性的嗜好のことを「ペドフェリア」と呼ぶ。日本国内において13歳未満の児童に対するわいせつ行為は強制わいせつ罪と定められており、性行為に対しては強制性交罪が適用される。子供を性の対象とすることは法的に明確に禁じられているにもかかわらず、被害者感情の問題や組織の事なかれ主義から実態が隠蔽されることが多く、それが逆に被害の蔓延を招くという極めて難しい現実がある。ノンフィクション作家・広野真嗣氏がレポートする。


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 日曜日のミサを終えた聖堂の控え室で、その白人神父は「従者」の当番に来ていた10歳の日本人少年の手を取った。神父は、身につけていた白い司祭服のポケットに、その手を突っ込ませた。ポケットには内袋はなく穴が空いているだけ、服の下には下着もつけていない。手が触れたのは膨張した神父自身だった。


「彼のものを直につかまされ、私も無言で手を動かしたんです。教会で育った子供にとって、神父様は絶対ですから」


 かつて1年間にわたって受け続けた小児性虐待(ペドフェリア)被害を告白したのは、現在62歳の竹中勝美氏だ。児童養護施設「東京サレジオ学園」(東京・小平)出身のカトリック信徒である。施設はイタリアに本拠地を置く修道会「サレジオ会」が運営しており、神父はかつて園長を務めたドイツ人で、名をトマス・マンハルドといった。竹中氏は、カトリック神父による児童性虐待被害を実名で名乗り出た、初めての日本人である。


 性的虐待によって心の傷を抱えた竹中氏だったが、その後一連の記憶を20年以上にわたって心の中に無自覚にしまい込み、あたかも「ないもの」のようにして暮らした。ところが30歳を過ぎて間もなく起きたフラッシュバックが起き、鮮明な記憶を取り戻した。時間をかけて心を整理し、「ほかにも苦しんでいる人がいるはず」と意を決して、自身の経験を教会に申し立てたという。


 これに対して日本の教会──修道会、教区あるいはカトリック中央協議会──は、竹中氏への体験を否定こそしなかったものの、結局、実態解明のための調査をすることはなく、「沈黙」を守ったまま。そして再び18年間が過ぎた。


 昨年末、この問題を取材する中で私は竹中氏の存在に突き当たった。私との対話を続ける中で竹中氏は、クリスマスの深夜ミサで神に祈り、改めて実名で名乗り出る決心を固めたという。


「ミサの間、ずっと神に問い続けました。性虐待を告発する1人の信者と、それを隠蔽する教会。神の正義はどちらにあり、何が神の御心に適う行動なのでしょうか。祈りの中で神は私とともにあると確信し、この問題から目をそらさず立ち向かうことにしました」


 インタビューは虐待当時の写真や当時の施設や部屋の見取り図、18年前の教会との往復書簡を示しながら、計5時間半に及んだ。その全容は『文藝春秋』3月号で詳報した拙稿をお読みいただければ幸いだが、そこで語られたのは、マンハルド神父が行なった耳を塞ぎたくなるような性的虐待の手口である。


◆人生を狂わせる犯罪行為


 禁欲を誓ったはずのカトリック神父が少年や少女に性行為を強いる小児性愛(ペドフェリア)犯罪は、海外で大規模な被害報告が続いている。



 昨年8月、米国ペンシルベニア州の大陪審が行なった調査は1000人以上の被害を突き止め、ドイツでは9月、研究機関が3600人以上の被害者の存在を明らかにした。年末になると再び米国のイリノイ州で、検事総長が少なくとも500人の聖職者が子供への性的虐待を行なっていた疑いを示す予備調査を発表するなど収束の気配はない。


 そもそもカトリック世界に強い批判が巻き起こるきっかけとなったのは2002年、ピュリッツァー賞を受賞したボストン・グローブ紙の調査報道である(映画化作品『スポットライト』はアカデミー賞受賞)。病的な小児性愛神父の毒牙にかかった被害者は、じつに130人に上った。


「被害者は自分だけではなかった」と受け止めた信徒たちが声を上げ、サンフランシコ、シアトルなど全米各地に飛び火し、さらに海を渡ってポーランド、アイルランド、オーストラリア、ドイツと欧州各国でも燎原の火のごとく被害報告が広がった。


 被害に遭った少年や少女はトラウマを抱えるケースが少なくない。成人した後も健全に対人関係を育むことができず、結婚や育児の障害をきたして人生を狂わせる。加えて応じてしまった自分を責め、訴え出ることもできない孤独に苛まれ続けるケースが実に多い。ペドフェリアは極めて深刻な犯罪なのだ。


◆司法当局に出頭せよ


 見逃してはならないのは被害が拡散した原因である。前出のペンシルベニア州の報告書には「告発や情報は、加害神父をかばい、教会組織を傷つけることを望まない教会の指導者によって“見て見ぬふり”をされてきた」と記されている。


 この隠蔽の構造は、各地で公表された報告書に驚くほど共通する。このため次第に批判の矛先は、自浄能力を持たない指導者とその頂点にいるローマ教皇に向けられるようになってきた。


 ペドフェリア騒動が、カトリック教会をその“頂点”から揺らし続けている中、この災厄とは無縁であるかのように理解されてきた国が、日本だ。


 信徒が人口の5%にも満たない日本でこの問題は、「他人事」と受け止められ、噂はあっても、まともに調査・公表がなされてこなかった。しかも、性犯罪には2次被害のリスクもある。当事者が名乗り出るのも、簡単なことではない。


◆17件あった「身体的接触の強要」


 竹中氏以外にも被害があるのか──。私は東京サレジオ学園に質問状を送ったが、一週間後に返ってきたのは「事実を確認できるかどうかという点も含め調査しなければならない」として、回答を1か月後に先送りする文書だった。


 逆にいえば、竹中氏が調査を求めた18年前の時点から現在まで、学園側がその後何一つ調査に着手せず、再発防止のために記録と教訓を継承してこなかった実態をはしなくも浮き彫りにしている。



 ただ、データを紐解けば、竹中氏が特異な例ではないことは明らかだ。2004年にカトリック中央協議会がセクシャルハラスメントに関して行なった匿名の全国アンケートによれば、回答者の68%もの人が「教会でセクハラがあると思う」と答えた。しかも「身体的接触の強要」が17件もあった。


 さらに取材によれば、その後に中央協議会に寄せられた個別の報告の中には、幼少期の性的虐待のトラウマを抱えた日本人の被害者が、成人後に神父となってペドフェリアの加害者に転じた例も報告されている。被害は連鎖するのだ。


 竹中氏は2月6日、第三者委員会による調査を求める書簡を再びサレジオ会と日本カトリック司教協議会宛に送った。その思いを竹中氏はこう語る。


「一刻も早く、日本の実情を明らかにして、名乗りでた被害者に心のケアを施す取り組みを本格的に始めてほしい。そのために私の残りの人生も費やしたい」


 批判の矢面に立ってきた教皇フランシスコは昨年末の演説で、「司法当局に出頭して神の裁きに備えよ」と述べ、今も隠れているであろう加害神父を非難した。さらに今月21日から3日間、性的虐待問題を話し合うため、世界の司教協議会の代表者をバチカンに招集している。


 その教皇は今年11月にも、来日する意向を明らかにしている。実現すれば実に38年ぶりのことになる。信徒の覚悟の告白を受け止めて、日本のカトリック教会は動き出すのだろうか。またとない好機であることだけは、間違いない。


【PROFILE】広野真嗣(ひろの・しんじ)/1975年東京生まれ。慶應義塾大学法学部卒。神戸新聞記者を経て2002年猪瀬直樹事務所に入所。2015年フリーとなり、2017年に『消された信仰』で第24回小学館ノンフィクション大賞を受賞。

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