ハートウォーミングだけでなく攻めのプレイが光るアール・クルーの『リヴィング・インサイド・ユア・ラブ』

2021年2月12日(金)18時0分 OKMusic

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2021年の現在、アール・クルーがどういう位置付けなのかは分からないが、多くのギターファンはイージーリスニング的なフュージョン音楽のアーティストとして見ているのではないだろうか。確かに彼の音楽は1976年のデビュー直後から天気予報や道路交通情報のBGMとしてかなり使われているし、ガットギターを指で弾くというスタイルだけに、かなりソフトな曲が多いのは間違いない。特に日本でも多くの人気を集めた4thソロアルバム『マジック・イン・ユア・アイズ』(’78)あたりからはほぼイージーリスニング路線で勝負しているので、それ以降に彼の音楽に魅せられた人にとってはハートウォーミングな優しいギターが何よりの癒やしになっているのも事実だろう。しかし、ブルーノートからリリースしたデビューアルバムの『アール・クルー』(’76)や、2ndアルバムの本作『リヴィング・インサイド・ユア・ラブ』で聴くことのできる攻めのギタープレイは、ワイルドな瑞々しさにあふれている。

多くの充実したフュージョン作品が リリースされた時代

アール・クルーはフュージョン(当時はクロスオーバーと呼んでいた)ブーム真っ只中の70年代中期に登場したギタリストである。同時期には、ジョージ・ベンソン『ブリージン』(’76)、ラリー・カールトンの名演が収録されたクルセイダーズの『南から来た十字軍(原題:Those Southern Knights)』(’76)、コーネル・デュプリーとエリック・ゲイルのふたりのギタリストを擁したスタッフの『スタッフ!』(’76)、『モア・スタッフ』(’77)、リー・リトナー『キャプテン・フィンガーズ』(’77)、同じくリトナーがジェントル・ソウツ名義でリリースした『ジェントル・ソウツ』(’77)など、ジャズ/フュージョンを代表する名盤が数多くリリースされていた。

当時、AORとパンクの2極化が進むロック界に見切りをつけたロックファンにとって、黎明期にあったジャズ/フュージョンの世界が受け皿となっていた(かく言う僕もそうだった)。新たに生まれたジャンルで一旗揚げようと、スタジオセッションで腕を磨いたミュージシャンたちは、こぞってジャズ/フュージョンの世界に流入し、それまでは裏方的存在であった高度な技術を持つアーティストたちに、一般リスナーから大きな注目が集まることになるのである。

ひと味違ったクルーのギターワーク

アール・クルーはリー・リトナーやラリー・カールトンと違って、セッションミュージシャン経験はなかったが、ガットギター(ナイロン弦を張ったクラシック・ギター)を得意としており、演奏技術はもちろん、その希少価値からかユセフ・ラティーフをはじめ、ジョージ・ベンソンやチック・コリアらジャズ界で名を馳せたアーティストたちに認められ、10代の頃から有名グループを渡り歩いてきた経歴を持つ。ガットギターの指弾きというスタイルはクラシックでは当たり前だが、当時はジャズ/フュージョン界では稀有な存在であった。彼が登場してからは新たなギタースタイルとして多くのプレーヤーが取り入れるようになったが、彼の特徴的な奏法を弾きこなすのは、ジャズ/フュージョン界では他にエリック・ジョンソンぐらいではないだろうか。

チェット・アトキンスの クロマティック奏法

クルーはアメリカを代表するギタリストで偉大なプロデューサーとしても知られるチェット・アトキンスに最も大きな影響を受けている。チェットが編み出したクロマティック奏法は、カントリーギターの名手であるマール・トラヴィスのギャロッピング奏法と、ビル・キースとボビー・トンプソンがほぼ同時に編み出したとされるブルーグラスバンジョー奏法(これもクロマティックと呼ぶ)をマッチングさせたもので、ほぼカントリー音楽でしか使わない奏法である。ただ、カントリーの世界ではジェリー・リードやスティーブ・ウォリナーら、クロマティック奏法の名手は多い。また、チェットのギャロッピング奏法はロカビリーで使われていることでも知られ、彼はアメリカのポピュラー音楽界で最も有名なアーティストの一人だろう。スティーブ・ルカサー、マーク・ノップラー、ラリー・カールトンといったギタリストにとっても、チェットは大きな影響を与えている。

そもそも黒人のアール・クルーがカントリー音楽に影響されているというエピソードには、当時は多くの人が驚いたものである。のちのインタビューでチェットのレコードは思春期の頃から少しずつ買い揃え、来日時もレコード店に出向き、たくさんチェットのレコードを買ったと語っており、チェットのレコードを通してカントリー音楽から受けた影響は相当大きいようだ。

アール・クルーのデビュー

彼の特徴的なギタープレイは頭角を現し始めていたキーボード奏者でプロデューサーやアレンジャーも務めるデイブ・グルーシンの目に止まり、グルーシンの紹介で1975年にブルーノート・レコードと契約、翌76年に初のソロアルバム『アール・クルー』をリリースする。プロデュースはグルーシンとラリー・ローゼン(グルーシン/ローゼン・プロダクション、GRPレコード)が務め、リー・リトナー、ルイス・ジョンソン、ハーヴィ・メイソンといった豪華なバックに支えられ、ラテン風味を効かせたナンバーをはじめ、ジャズやポップスのカバーも取り上げるなど、大きな注目を集めることになった。

指弾きによって生まれる温かみのあるギターの音色は彼の独壇場で、ジャズ/フュージョンファンだけでなく、ポピュラー音楽のファンにも喝采をもって迎えられることとなったのである。

本作『リヴィング・インサイド ・ユア・ラブ』について

そして、同じ年に早くも2ndアルバムのリリースが決定する。それが本作『リヴィング・インサイド・ユア・ラブ』だ。プロデュースは同じくグルーシンとローゼンで、ジェフ・ミロノフ(Gu)、エディ・ゴメス(Ac-Ba)、ウィル・リー(El-Ba)、ルイス・ジョンソン(El-Ba)、スティーブ・ガッド(Dr)、ラルフ・マクドナルド(Per)といった前作に勝るとも劣らない豪華なメンツがバックを務めている。

収録曲は全部で7曲。注目すべきはグルーシンの代表曲のひとつ「キャプテン・カリブ」で、この後さまざまなアーティストによってカバーされるが、本作が初演となる。ウィル・リーとスティーブ・ガッドの重厚かつ攻撃的なリズム・セクションをバックに、クルーのギターが暴れまくるジャズファンク・ナンバーとなっている。これだけ弾きまくるクルーは珍しく、ライヴを除いて彼のリリースした30枚ほどのアルバムの中でも最もアグレッシブな演奏であろう。

ジョージ・ベンソンものちに取り上げるタイトルトラックの「リヴィング・インサイド・ユア・ラブ」はクルーとグルーシンの共作で、パティ・オースティンやラニ・グローブスの女性ヴォーカルも参加し、“メロウ”(当時よく使われた言葉)な雰囲気を持つナンバーで、チェット譲りのゴージャスなクルーのギターソロが聴ける。

7分以上におよぶマーヴィン・ゲイの「悲しいうわさ(原題:I Heard It Through The Grapevine)」では、これまた珍しくブルージーな粘っこさをもつギタープレイが聴ける。ミュートロンのかかった重量感あるリーの挑発するようなベースも文句なしに良い。

クルー自身の作「フェリシア」は彼の長いキャリアの中でも上位に位置する名曲だ。覚えやすいリフとメロディアスで流れるようなギタープレイは、クルーの最も得意とするスタイルである。下手をするとイージーリスニングになってしまうところを、ガッドのゴツゴツしたドラミングとクルーのアグレッシブなギターソロが防いでいる。

凡庸なプロデュースなら本作は単なるBGMのような作品になってしまうところであるが、グルーシンの緻密なアレンジや参加メンバーの熱い演奏で、とてもテンションの高いアルバムとなった。本作はビルボードのジャズチャートで8位となり、R&Bチャートでも58位という結果を残している。本作と続く3rdアルバム『フィンガー・ペインティング』(’77)の成功で、日本でも多くのファンを獲得することになる。

僕にとってアール・クルーは、やっぱり初期の3枚に尽きる。

TEXT:河崎直人

アルバム『Living Inside Your Love 』

1976年発表作品

<収録曲>
1. キャプテン・カリブ/Captain Caribe
2. 悲しいうわさ/I Heard It Through The Grapevine
3. フェリシア/Felicia
4. リヴィング・インサイド・ユア・ラヴ/Living Inside Your Love
5. アナザー・タイム、アナザー・プレイス/Another Time, Another Place
6. エイプリル・フールズ/The April Fools
7. キコ/Kiko

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