「林彪」の読み方は「リンピャオ」か「リンビャオ」か

2月13日(月)16時0分 NEWSポストセブン

評論家の呉智英氏が分析

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 日本で外国の名前や地名など固有名詞を表記するとき、現地語の発音を仮名に置き換えるのが原則とされているが、中国語の場合は慣例として、漢字の音読みをそのまま仮名にしてきた歴史がある。最近は中国の人名や地名でも発音時に聞こえる音を仮名にしているが、仮名で表現するのが難しい音が中国語には存在する。原則に忠実であろうとするあまり、読者を混乱させる奇妙な表記があふれるバカらしさについて、評論家の呉智英氏が解説する。


 * * *

 この一月、朝日新聞に「林彪(りんぴょう)事件をたどってII」という全十回の特集記事が連載された。支那文化大革命期の1971年9月、有力者の林彪がソ連亡命を企てたが搭乗機が墜落し、林彪は死んだ。謎に包まれた事件を追った連載で、なかなか興味深かった。


 しかし、1月27日の最終回で奇妙な記述に気がついた。


「著名な中国人作家、葉永烈(イエヨンリエ、76)は、毛沢東が林彪事件後、急速に『老け込んだ』との話を元高官から聞いたという」


 連載タイトルにある「林彪」は「りんぴょう」とルビ(ふり仮名)がふってある。しかし、記事中の「葉永烈」は「イエヨンリエ」である。タイトルと同じ方式なら「ようえいれつ」だろう。正しくは「葉」は人名の場合は「しょう」であるが(書渉切)、まあ慣用読みの「よう」でいいだろう。


 ともあれ、支那人名の読み方に不整合が生じている。支那人名を支那語発音で書かないのは差別だという異常なイデオロギーが言論界・教育界を支配した結果だ。


 歴史上の人物、李白や王陽明などは日本漢字音で読み、現代人名は支那語音で読む、というつもりらしいが、葉永烈は林彪死亡時に31歳である。同時代人ではないか。仮に王陽明という現代の大学生がいたら、思想家の王陽明は「おうようめい」、大学生の王陽明は「ワンヤンミン」とするのだろうか。王陽明(ワンヤンミン)は北京大学で王陽明(おうようめい)の思想を専攻している、とか。


 中には、林彪も支那音で表記しろという人がいるかもしれない。では、それは「リンピャオ」か「リンビャオ」か。


 漢字は表意文字(表語文字とも言う)で、表音文字はない。そのため外国人(欧米人)向けにラテン文字による表記が考案されてきた。しかし、音韻体系が全然違う二種類の言語だから、ラテン文字表記は便宜的なものにすぎず、通常のローマ字読みをしても正しい発音にはならない。


 林彪はlin biaoである。声調(語の抑揚)符号はここでは省いた。実際、英字新聞だろうと、空港の発着便のアルファベット表示だろうと、声調は示していない。


 さてlin biaoの発音だが、リンビャオでもリンピャオでもない。支那語には有気音(息が出る)と無気音(息がほとんど出ない)の別があるが、それを便宜的に無気音をbで、有気音をpで表記しただけである。英語などヨーロッパ語では、bは有声音(声帯が震える)、pは無声音(声帯が震えない)である。日本語でもバ行音は有声音、パ行音は無声音だ。無気音のbiaoを有声音のビャオと発音するなんて、二重に間違っている。現実には、林彪は日本人にはリンピャオに近く聞こえる。


 地名のハルピンも同じである。日本人はそう聞いてきたのだ。これをハルビンとするのは全く無意味である。「かつてハルビンにあったハルピン学院」などという異常な文章を時々目にする。それを助長し強制して得意気なバカには本当に困る。


※週刊ポスト2017年2月24日号

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