犯人よりも被害者の「狂気に近いほどの信念」が印象に残るミステリー

2月16日(土)17時0分 文春オンライン


『キッド・ピストルズの妄想 パンク=マザーグースの事件簿』 (山口雅也著)


 世の新刊書評欄では取り上げられない、5年前・10年前の傑作、あるいはスルーされてしまった傑作から、徹夜必至の面白本を、熱くお勧めします。


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「綺麗は汚い、汚いは綺麗」と劇中の魔女に言わせたシェイクスピアをはじめ、『不思議の国のアリス』のルイス・キャロルや『ポンド氏の逆説』のG・K・チェスタトン等々、イギリス文学は逆説と奇想の天才を大勢生み出してきた。


 まさにそれ自体が「不思議の国」であるとも言えるこの王国を、山口雅也は「キッド・ピストルズ」シリーズで、更に奇想天外な場へと改変してみせた。物語の舞台であるパラレルワールドのイギリスでは、フィクションに登場するような名探偵たちが「探偵士(マスター・オブ・デテクテイヴ)」の称号を与えられて優先的な捜査権を持ち、首都警察(スコットランド・ヤード)はその下部組織と化している。だが、パンクスにして刑事でもあるキッド・ピストルズは、見かけによらず、探偵士たちを凌駕するような名推理を披露するのだ。


 三つの中篇を収録した『キッド・ピストルズの妄想 パンク=マザーグースの事件簿』は、反重力の研究者の墜落死、ノアの箱舟を現代に再現しようとした男の変死、美しい庭を熱愛する貴族の屋敷で宝探しの最中に発見された死体……といった奇妙な事件を扱っている。どの作品においても、登場人物で印象に残るのは、犯人よりも被害者の側。彼らは狂気に近いほどの信念に憑かれており、その妄執が悲劇を招く。


 表面的な物証にこだわる探偵士たちの推理が的を外すのに対し、キッドだけが真相に辿りつけるのは、彼がそんな哀しい妄想者たちの、常識外れだが独自の内的論理で貫かれた心理に寄り添えるからだ。イギリスの逆説と奇想の伝統の神髄を抽出してロジカルな本格ミステリーと融合させた、永遠のマスターピースである。(百)




(徹夜本研究会/週刊文春 2019年2月21日号)

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