天才テリー伊藤対談「港カヲル(皆川猿時)」(4)「あまちゃん」の影響力はすごい!?

2月17日(金)12時57分 アサ芸プラス

テリー 今や皆川さんはすっかり人気者ですけど、役者だけで生活できるようになったのは?

港 何とか食えるようになったのは30手前ぐらいですかね。

テリー ちょうど「グループ魂」に入る頃?

港 ですね。それまで、新宿の串焼き屋さんでバイトしてたんです。18歳から31歳まで13年間。

テリー すごいな、大ベテランだ。

港 お店のスタッフはみんないい人で、役者でそこそこ食えるようになっても、「暇な時はちょっと入れさせてください」みたいな感じでバイトしてたんですけど、31歳の忘年会の時に決定的な出来事があって。

テリー 何があったの?

港 お店には年上の正社員も5〜6人いたんですけど、僕は13年も働いていたので1番の古株になっちゃって、いつの間にか社長の次に偉くなってたんですよ。

テリー それは嫌なバイトだなァ(笑)。

港 それでバイトのみんなからも頼りにされていたんですけど、その忘年会である正社員の人に「何でみんな、皆川さん、皆川さんって懐くんだ。お前、たまに来ては偉そうにして、調子に乗ってるな!」ってブン殴られたんです。特別偉そうにしているつもりもなかったんですけど、その時、「俺の時代は終わったな」と思って、串焼き屋を引退しました(笑)。

テリー アハハハハハ、何だよ、それ(笑)。でもさ、逆にブン殴った人に感謝しなくちゃいけないね。いつまでもそこでバイトをズルズル続けてたら今の港カヲルはなかったかもしれない。

港 ホントにそうですね、感謝しています。

テリー これまでの仕事を振り返ると、やっぱり「あまちゃん」の磯野先生役を演じた時の反響はすごかった?

港 すごかったです。町を歩いていると、本当にいろんな方に声をかけてもらって。こんなに影響力があるものなんだと思いました。それまでも、けっこう頑張っていたつもりだったんですけどね(苦笑)。

テリー 「声をかけてもいい人」になったってことですよ。先日亡くなった松方弘樹さんも、ヤクザ映画に出ている時には一切声をかけられなかったのに、「元気が出るテレビ!!」に出たら、いろんな人に声をかけられるってビックリしてたから(笑)、それに近い感じなのかもね。

港 ああ、そういうものかもしれないですね。

テリー じゃあ最後に、港カヲルの今後の目標を聞かせてください。

港 バンドを始めた頃は僕がいちばん年上でしたけど、これからは他のメンバーがどんどん僕の年齢を追い越していくことになるんです。

テリー そうか、「永遠の46歳」だから(笑)。

港 だから、「グループ魂」の老人化を“若手”として食い止めるため、「いかに若さを保っていくか」が港カヲルとしての目標ですね。皆川猿時としては、年齢に応じた、いぶし銀の役者を目指したいです。

テリー 年を取りたいのか、取りたくないのか、よくわかんないけど(笑)。目標の役者さんはいるの?

港 やっぱり故郷の大先輩でもある西田敏行さんですね。実は今、家がご近所なんですよ。

テリー あっ、そこ、俺が昔住んでたところだよ。

港 はい、近所の人から噂で聞きました。「昔、テリーさんがここに住んでたんだけど、毎晩うるさくてね」って(笑)。

テリー ホントかよ、まいったなァ(苦笑)。

港 今日、実はテリーさんとこの話がいちばんしたかったんですよ、ハハハ。

◆テリーからひと言 

 何だよ、最後に変なことバラしやがって(笑)。でも、素朴さの中にどこか独特の魅力を感じさせる人だね。今度ライブがある時は、ぜひ誘ってよ。

アサ芸プラス

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