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羽生結弦は、なぜアクシデントを乗り越えられるのか

文春オンライン2月17日(金)17時0分

 五輪王者の羽生結弦の復帰戦となる、「四大陸フィギュアスケート選手権」が始まった。羽生がどのような演技を見せるかに注目が集まる。


 スポーツライターの折山淑美氏は、羽生の強さを「強靭なメンタル」にあると指摘する(第1回参照)。その「強さ」を得るまでの道のりは、決して平坦なものではなかった。羽生はどのように数々のアクシデントを乗り越えてきたのか。(出典:文藝春秋2017年2月号・全2回)



衝撃の流血事故


 ソチ五輪の翌シーズン、羽生は言葉通りに成長し、未知の領域へ足を踏み入れようとしていた。


 羽生は来たるべき4回転時代に備えるために、フリーでは4回転サルコウに加えて4回転トーループ2本をプログラムに組み込み、トーループのうち1本を得点が高くなる後半に入れることを決めた。そしてそれに慣れるためにと、SPでも4回転トーループを後半に入れることにしたのだ。羽生はその狙いをこう語っていた。


「将来、他の4回転ジャンプを組み込めるようになった時への布石でもあります」


 だがその試みは、シーズン初戦の中国杯で不意に頓挫してしまう。


 フリー演技前の6分間練習で中国のハン・ヤンと激突するというアクシデントに見舞われたのだ。


 羽生の頭から血が流れているのが見えると会場は悲鳴に包まれ、コーチのオーサーが慌てて医師を呼んだ。医師の診断では幸い脳震盪は起こしていないと判断されたが、周囲は演技をすることを止めた。


 しかし、羽生は頑なだった。


「僕は滑ります」


 オーサーは渋々リンクに送りだしたが、もちろん演技にはならなかった。全身を強打しているため体に力が入らず、合計5度も転倒。羽生を突き動かしていたのは、もはや精神力でしかなかったのだろう。


 その後、GPファイナルまでは試合に出場し続けたが、演技の質をワンランクあげようとする試みは棚上げされたままになってしまう。


 年末には、断続的に続いていた腹痛のために検査入院。尿膜管遺残症と診断されて手術を受け、1カ月間の安静療養が必要となった。そして練習を再開した途端に右足首を捻挫。その影響もあり、連覇を狙った世界選手権は2位に終わった。GPファイナル2連覇は果たしたものの、羽生にとっては停滞と言ってもいい1年となってしまった。


どんな経験もプラスに


 世界選手権終了後、羽生は多くのアクシデントに悩まされたシーズンを振り返った。


「怪我や病気は肉体だけでなく、精神面でもきつかったです。でも、そんな状況下でも最低限の結果を残すことができたし、僕にとってはこの経験がすべてがマイナスではなかったと思っています。


 中国杯の衝突は自分の注意不足が原因であり、体調管理を含めた試合の入り方を見直すきっかけになりました。リハビリをしながらも、試合に向けて自分のコンディションをどう整えていけばいいのかも理解できた。そして何より、アクシデントの中でコーチなど周りの方に自分が支えられていることを五輪以上に感じたシーズンでした。これらの経験は、今後の競技人生、そして引退後のセカンドキャリアにおいてもプラスになるはずです」


 さらに羽生はフィギュアスケートという競技の発展についても考えるようになっていた。自らの事故によって、「フィギュアが命に関わる危険性も持つスポーツだということを、多くの人に知ってもらえたのは競技発展のためにプラス」と話し、脳震盪など命にかかわる事故を防止するために何が必要かを考える風潮が生まれたことも嬉しいという。


 どんなマイナス要素でも、プラスに転化して捉えようとする前向きな姿勢には、ときに取材者として驚くことがある。


 頭からの流血という状況においても、戦いを止めてはいけないという決意は、五輪王者というタイトルを獲ったからこそ身につけたプライドだともいえる。それを羽生はさも当然のように纏っているのだ。


ソチ五輪で王者となった羽生

「大きな進化を求めるのが自分らしさ」


 翌2015-16シーズン、羽生は後半に4回転を入れるプログラムに再挑戦する。


 初戦のスケートカナダでは「後半の4回転」を過剰に意識してしまい、考えられないミスを連発。1年間の休養から復帰していたチャンに敗れてしまう。


 だが以前とは逆で、自分より難度の低いプログラム構成で安全運転の演技をしたチャンに負けたことで、自分の歩もうとする方向性の正しさを確認することになる。


「もっと大きな進化を求めるのが自分らしさのはずだ」


 SPの構成では後半のジャンプを止めるかわりに、サルコウとトーループという2本の4回転ジャンプを前半に入れて、難度を上げた。


 どこまでも挑戦を続けるという意識が集中力を高めることにつながり、次戦のNHK杯ではトータルで史上初の300点超えとなる322.40点をたたき出す。そしてGPファイナルではそれをさらに更新する330.43点を記録。難度の高いプログラムに挑戦しつつもノーミスの演技を連発し、ライバルのチャンや世界選手権で敗れたハビエル・フェルナンデス(スペイン)らを圧倒したのだ。


 前人未到の300点台に突入した羽生は、メンタル面においても常人では理解できない高みに達しようとしていた。


「ソチ五輪ではフリーの演技が失敗に終わって『金メダルが無くなったな』と思った瞬間に、『自分は金メダルを意識して緊張してたんだな』ということに気がつきました。今回はそのソチでの経験が生きた。会場へ入る前に『アッ、自分は今回300点超えを達成したいんだな』と気がついたので、まずは自分自身にプレッシャーが降りかかることを考えていると認め、その上で『それならこうしなければ』と精神状態をうまくコントロールできたと思います」


 追い詰められた場面で冷静に自分を見つめられる力が、快挙を生み出していた。


 そんな中で羽生は今季2016-17シーズンへ向け、自分にとって新たな挑戦である4回転ループを、SP、フリーの両方に入れ、より難度の高い技術構成にすることを決めた。2016年の年明けに痛めていた左足甲が悪化し、世界選手権後は歩くことも制限される期間が1カ月半も続いたにもかかわらず、さらなる進化を目指したのだ。



「観客とのコネクト」を意識


 しかし、それは必然の決断でもあった。前シーズンにはボーヤン・ジン(中国)が最高難度のルッツを含む3種類の4回転ジャンプを、SPとフリーで計6回入れて世界選手権で3位になっていた。さらに宇野も4月のチームチャレンジカップで世界初となる4回転フリップをSPとフリーで成功させていたのだ。


 羽生自らが切り拓いてきた300点台というフロンティア。台頭する若手は4回転ジャンプを武器に羽生に挑もうとしていた。4回転を入れるだけでなく、その数や完成度を競い合う時代に置いていかれるわけにはいかなかった。


 そして真骨頂と言えるのは、今季の羽生がジャンプを含む技術構成以上に、表現の幅を広げることを意識していることだろう。


 SPで選んだ曲は、自分の感情を畳み込むように表現できるプリンスの『レッツ・ゴー・クレイジー』。ソチ五輪のSP『パリの散歩道』を想起させるロックミュージックだ。そしてフリーには彼が大好きだという久石譲のピアノ曲を組み合わせた『ホープ&レガシー』という対照的な曲を持ってきた。SPが羽生にとって得意なアップテンポの曲であるのに対し、フリーはリズムや音の強弱でジャンプのタイミングを取りにくいピアノ曲だ。


 そんなまったくタイプの違う曲調を並行して演じることで、さらに自分の表現力を高めようとしているのだ。羽生は4連覇を達成したGPファイナルの場で、「観客とのコネクト」を意識したと語っている。


「今季のSPはライブをするロックスターの気分で演じているので、観客無しでは成立しないプログラム。フランスではお客さんも盛り上がってくれ、楽しかったです。そしてフリーでも曲を全身に感じながら演技が出来たと思います。SPとは違い、観客がドンドン乗っていき、拍手がワーッと起きるようなプログラムではありません。でも演技中に観客の視線を感じ、自分がジャンプを跳ぶときに祈ってくれる人がいたのも見えた。観客とコネクトする、つまり気持ちを一つにできているという幸せを感じましたね」


 プリンスのビートや歌詞の意味の奥にあるもの、そして久石譲のピアノ曲に身を委ねることで感じる風や木々、空気などの自然。自分がフィギュアスケートを通して表現しようとしている世界を観客と共有し、観客と対話するようにプログラムとして作り上げていきたい——それがスポーツであり、芸術でもあるフィギュアスケートの、ひとつの完成形でもあると考えているからだ。


誰からも追随されない存在に


 羽生はテレビや本などで他の競技の選手の思考法などを勉強し、それをスケートに反映させていけるのが自分の武器だとも常々発言している。最近ではリオ五輪で連覇を果たした体操の内村航平が発した「優勝しなければ良かった」という頂点に立つ者の重圧を感じる言葉が、とても印象に残ったという。既存の枠にとらわれることなく、フィギュアスケートをさらに追求したいと考えているのだ。


昨年のグランプリファイナルで

「振付師にもらったプログラムにジャンプを組み込んで“演技”にするのが自分の仕事です。すべてのジャンプがきれいに決まってこそ本当に演技だと言える。だからこそ、新しい4回転ジャンプを入れ、昨シーズンより難度を上げた構成にしながらも、今季まだ自己最高得点を更新できていないのが本当に悔しい。本心をいえば、もっと点数を上げていき、誰からも追随されないような羽生結弦になりたいと思っていますから」


 自分の成長に対して、そしてフィギュアスケートという競技に対して、どこまでも貪欲であり続けられることこそが、羽生結弦というスケーターの本当の強さであり、いまなお無限の可能性を感じさせる所以だといってもいいだろう。


写真=榎本麻美/文藝春秋


(折山 淑美)

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データ提供元:アニメキャラクター事典「キャラペディア