「優生保護法」で強制的に不妊手術を施された女性の絶望の日々

2月17日(土)16時0分 NEWSポストセブン

国を相手に前例なき訴訟が

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「憲法13条が保障する意思決定の自由。人として最も重要なこの権利を国が侵害していたという事実に、目を背けないでほしいんです」


 宮城県仙台市の法律事務所で本誌・女性セブンの取材にこう語るのは、藤間環弁護士。1月30日、藤間弁護士を含む15人の弁護団は、国を相手に前例なき訴訟を行った。原告女性は同県在住の60代のAさん。知的障害を持つ彼女は50年ほど前、国によって強制的に不妊手術を施され、子供を産めない体にされていた。


 心身に多大な苦痛を負ったAさんはその後、国から謝罪や賠償を受けることなく、絶望の年月を過ごしてきた。“けじめ”を国に求めて立ち上がった彼女の半生が、日本の闇をあぶり出している。


 戦後ほどなくして宮城県に生まれたAさんは1才の時、口蓋裂の手術で使用した麻酔が原因とされる脳障害を負った。言葉は交わせるが、複雑な会話は苦手で、幼少期から苦労したと言うAさん。悪夢は15才の時に突然やってきた。


「『遺伝性精神薄弱』を理由に、本人の同意もないまま、公立病院で卵管を縛る不妊手術を受けさせられたのです。宮城県が公開した記録に、その事実がはっきりと記載されていました。遺伝性といわれても、Aさんの親族に障害を持つ人はいないし、そもそも障害があろうとなかろうと、不妊手術を強制するなど言語道断です。当時、本人は何をされたのかさえ理解していなかったと言います」(藤間弁護士)


 現代社会では考えられない非道行為。だが、当時の日本は法律がそれを認めていた。1948年に施行された「優生保護法」の存在だ。強制不妊の歴史に詳しい立命館大学生存学研究センター客員研究員の利光惠子さんが語る。


「『優生上の見地から不良な子孫の出生を防止する』という名目で、重大な障害のある人たちの生殖、出産能力を取り除くという恐ろしい法律でした。“障害者が子供を産んでも育てられないし、受け入れる社会も大変”という差別と偏見の果てに生まれた発想です。遺伝性ではない精神疾患患者でさえターゲットにされました。歴史的に、“精神疾患は家族に原因がある”という誤った偏見があり、国もそれを真に受けていたのです」


 優生保護法の背景にあるのは、終戦直後の爆発的なベビーブームだった。食糧難で人口抑制が急務となり、障害を持って生まれてくる可能性のある子供は、「社会的負担が大きい存在」として、事前に排除することになったのだ。


 優生保護法は、建前上「本人の同意」が必要とされたが、国はこの法律に“例外”を用意していた。



「それが優生保護法の第4条と第12条です。公益上不妊手術が必要だと医師が判断した場合、都道府県の優生保護審査会に申請し、承諾を得れば、本人の同意なく手術を施すことが認められたのです」(利光さん)


 当時、厚生省公衆衛生局から各都道府県知事宛に出された通達には、衝撃の文言が記載されている。


《強制の方法は、手術に当たって必要な最小限度のものでなければならないので、なるべく有形力の行使は慎まなければならないが、それぞれの具体的な場合に応じては、真にやむを得ない限度において身体の拘束、麻酔薬施用又は欺罔(※編集部注・人をあざむき、騙すこと)等の手段を用いることも許される場合がある》


 1996年に優生保護法が廃止されるまでの間、強制的に不妊手術を受けさせられた患者は、判明しているだけで1万6000人超。最年少患者は9才だった。利光さんの調査によれば、障害者施設等で、「月経の介助が面倒」といった職員側の理由で不妊手術を強制された患者も多数いたという。


◆障害者に優しい社会になってほしい


 国による非道行為の被害者となったAさんは、苦難の人生を歩むことになる。前出の藤間弁護士が語る。


「20代前半で縁談が持ち上がりましたが、子供が産めないため破談になりました。手術の後遺症で、腹痛に悩まされることも多かった。卵巣組織が癒着する卵巣嚢腫に罹り、30代で右卵巣の摘出を余儀なくされています。強制不妊が、文字通り彼女の人生を狂わせたのです」


 両親も他界し、ひとり絶望を抱えて生きるAさんだったが、そんな彼女に寄り添ったのが、義姉のBさんだった。


 1975年にAさんの兄と結婚したBさんは、日々腹痛に悩まされ、果ては手術で卵巣を取らざるをえなかった義妹の姿を見て、胸を痛め続けてきた。


 2015年、仙台市の70代女性が、過去に受けた強制不妊手術について、日本弁護士連合会に人権救済を申し立てたことを報道で知り、Bさんは立ち上がる決意をする。


「支援団体を通じて県に情報公開請求をし、強制不妊手術を受けたという証拠をもとに、われわれに依頼をしてくださいました」(藤間弁護士)


 姉妹が訴訟に踏み切るきっかけとなったのは、昨今のゆがんだ世相にもあった。2016年7月、神奈川県相模原市の知的障害者施設で、19人の入所者が刺殺される凄惨な事件が起きた。


 逮捕された植松聖被告は、警察の取り調べに対し、「意思疎通できない障害者は生きていても仕方がない」「障害者は不幸しか生まない存在」などと供述。過去には衆議院議長宛に「障害者は安楽死させるべき」とする手紙を送っていたことも判明している。


 驚くべきはネット上の反応で、植松被告に賛同する人間が一定数おり、彼を英雄視する書き込みさえあった。



 2014年には神奈川県川崎市の介護施設で、入所者3人を転落死に見せかけて殺害したとして職員が逮捕。2010年にも埼玉県春日部市の介護施設で、入所者3人が職員に虐待されて亡くなっている。


 いずれの事件も、容疑者は犯行理由について「イライラしたから」と供述していた。市井の身近な所でも、いまだに車椅子での入店を拒否する店は数多あり、障害者差別は日本に根深く残る。


「かつて優生保護法を生んだ、社会的弱者を受け入れようとしない風潮が、今また国に蔓延しつつある。“障害者に優しい社会になってほしい”という願いが、今回の訴訟につながりました」(藤間弁護士)


 Aさんが国に求めることは2つ。被害者への謝罪と補償の立法化だ。


「強制不妊を巡っては、これまでも民間の救済団体が国に賠償を求めてきました。しかし、政府は『当時は適法だった』として、この問題に向き合おうとしなかった。2004年には厚労大臣が『どういう対応ができるか考える』と発言したにもかかわらず、その後なんの調査もしていません。この一件で国が動けば、今まで声を上げられずに苦しんできた強制不妊の被害者たちが救われるかもしれない。今回の裁判がきっかけで、同様の被害を名乗り出る人が続いてほしいと願っています」(藤間弁護士)


 前出の利光さんもこう話す。


「各都道府県の強制不妊に関する資料は廃棄処分されたものも多く、実態解明には高い壁が存在しています。今回の裁判を機に、国が責任をもって実態調査を行い、被害内容が正確に把握されることを強く望みます」


 Aさんの訴訟を受けて、仙台弁護士会は優生保護法下で強制不妊の手術を受けた患者やその家族を対象とした無料電話相談を実施。同会には問い合わせが連日届いているという。一方、厚労省サイドは今回の訴訟について、対応の如何を表明していない。仙台地裁の第1回期日は3月の予定。司法の判断が注目される。


※女性セブン2018年3月1日号

NEWSポストセブン

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