38年の沈黙を破り田宮二郎"猟銃自殺"の真相を遺族が告白! 夫人は「白い巨塔が原因」、長男は「植毛がきっかけ」

2月18日(木)12時0分 LITERA

『白い巨塔』DVD(角川書店)

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 映画、ドラマ、さらにはクイズ番組の司会者としても大活躍した往年のスター・田宮二郎が自殺をとげたのは今から38年前のこと。人気ドラマ『白い巨塔』(フジテレビ)の放映中に、自ら足で猟銃を引くという壮絶な最後だった。


 その死をめぐっては、「M資金」詐欺に手を出したための多重債務など、さまざまな噂が取りざたされてきたが、ここにきて、未亡人と長男が相次いでその理由を告白し、話題になっている。


 まず、最初に口を開いたのは、妻・マネージャーとして田宮を公私両面で支え、自死の第一発見者となった幸子夫人(元女優・藤由紀子)。「アサヒ芸能」(徳間書店)が1月14日号から3回連続で「田宮二郎の妻 没後38年目の初激白」という集中連載を掲載したのだが、その中で幸子夫人はこう語っている。


「最後に『白い巨塔』をやっていなければ、田宮はあのような形で死ぬことはなかったと思います」


 1978年6月からスタートした人気ドラマ『白い巨塔』は田宮の代表作として現在にも伝えられる。しかし、幸子夫人はそれが田宮の自死の引き金をひいたというのだ。


 話は10年前、1968年に遡る。当時大映の看板俳優だった田宮だが、ワンマン社長だった永田雅一と決裂し、映画界を追われた。幼少期に両親を亡くし、「貧乏」に異様に敏感だったという田宮は、幸子夫人の「お金のことは気にせず、あなたは自分の人生を守って」という言葉にも耳を貸さず妻子を養うためキャバレーのどさ回りをして生活を支えたという。


 そんな田宮だが、69年には『タイムショック』(現テレビ朝日系)の初代司会者となり、73年からはドラマ「白いシリーズ」など活躍の場をテレビに見出していく。しかし個人事務所「田宮企画」代表でもあった幸子夫人は別の見方をしていた。


「(白いシリーズは)『お金に転んだような仕事』としか思えない。シリーズが終わるたびに、もう、これっきりにしてほしいと言いました」


 ドラマ内容は似通った御都合主義のメロドラマばかりで、田宮が精神をすり減らすのは明らかだったからだ。


 しかし幸子夫人の思いとは違い、田宮は断りきれず次のシリーズを引き受けていく。そして、夫人が危惧したように、過密スケジュール、心労が田宮の身体を蝕み、異変が表面化していく。現場で異常な言動を重ね、家庭内でもささいなことで激昂するようになったのだ。旧知の精神科医・斎藤茂太に診断されたのは「うつ病」だった。さらにその病に乗じるように田宮に怪しい人物たちが接近してきた。「M資金」を吹き込む者や、「トンガのウラン採掘権」などをささやく者——。


「まともな状態であれば田宮もそうした話に乗ることはなかったと思う。精神が壊れていく過程にあって、ありもしない詐欺話にのめり込んでいったのです」


 金策のために土地の権利書や実印を持ち出そうとする田宮とそれを止めようとする幸子夫人の間でケンカが絶えなくなり、田宮はいつしか夫人を目の敵にし始めたという。


「ある日、胸ぐらをつかんで階段から突き飛ばされそうになった時は、このままでは殺されてしまうと思いました」


 こうした田宮の状況を見て長期療養させることを決断した幸子夫人だが、しかしそこに舞い込んだのが『白い巨塔』のドラマ化だった。


 当然、夫人は受けさせたくない。そこで、フジテレビと喧嘩別れせずに出演依頼を断るために、わざと無理難題をふっかけたのだという。破格なギャラ、豪華キャスト、プロデューサーとして夫人も参加すること——。


 しかし是が非でも田宮を起用したいフジはこれらの条件を全て飲んだ。


「本来ならばいい仕事のチャンスに恵まれたんでしょうけど、精神病を抱えて、心ここにあらずの状態ではやらせるべきではなかったと痛感しております」


 そして、田宮の精神の変調はさらに激しくなり、12月26日、クランクアップしたドラマ最終回の試写を幸子夫人と一緒に観た2日後、自ら命を絶った。


 このように、「アサヒ芸能」の告白の中で、幸子夫人はしきりに、仕事を止めきれなかった自分を責めていたのだが、少し違う見方をしているのは、長男で俳優の柴田光太郎氏だ。


 柴田氏は今日発売の「週刊新潮」(2月25日号)の「創刊60周年特別ワイド」に登場。父親の死について、ロンドンで受けた秘密手術が原因であると語っているのだ。


 柴田氏によると、田宮は薄毛で悩み、ロンドンで植毛の手術を受けたのだという。


「父はあくまで田宮二郎というスターのイメージにこだわった。かつらを着けたり、薄毛のままで映画やテレビに出るようなことは、決してうけいれられなかったんでしょう」


 ところが、当時は植毛の技術が未発達で、患者に大きな負担をしいるものだった。柴田氏は同誌にこう語っている。


「当初は頭皮に錐のようなメスで穴を開け、直接、毛髪を埋め込むものだったと聞いています。でも、それだとすぐに毛が抜けてしまう。それで後から額に真一文字に特殊な糸を埋め込んで、その糸に毛髪を通すように固定する方法に変えたのです。ところがこれは激痛を伴うものだったらしく、以来、父は偏頭痛に悩まされるようになった。父は30代の頃から精神が不安定に陥りましたが、死ぬまで続いた偏頭痛がその症状を悪化させ、最終的に自殺に至ったんだと思います」


 妻と長男でどうして死の原因が食い違うのか。その背景には、最近、自分を責めるようになった母を心配して、長男の柴田氏があえて、植毛のことをもちだしたのではないか、という見方もささやかれている。


 しかし、いずれにしても、二人の告白に共通しているのは、自殺の10年以上前、30代の頃から、田宮が精神を病んでいたということだ。それは、大映の永田社長と対立し、映画界で仕事を干された頃から始まっていた。


「(田宮は)後に躁うつ病と診断されて死に至るのですが、その兆候は大映を追われた頃からあったと思います」


 夫人は「アサヒ芸能」でこう述べているが、これが大きな原因になったことは間違いない。その後も田宮は、映画界を追放された記憶に悩まされ、芸能界での仕事を続けて行かなくてはテレビでも再び干されてしまうのではないかとの恐怖に支配されていた。そのために、過剰に仕事を背負いこみ、詐欺師につけ込まれ、精神的に追い詰められたということなのだろう。


 そして、最近のSMAP騒動を見てもわかるように、この「仕事を干される」恐怖は38年経った今も芸能人を支配し続けている。華やかに見える芸能人だが、その中には、みんな田宮と同じような闇を抱え込んでいるということなのかもしれない。
(林グンマ)


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