「ごくごく小さな幸福感」を描き続けたある画家が、この世に残した風景とは

2月22日(土)12時0分 文春オンライン

 観ていると、ふわりと薄いベールが肩にかかったような安心感に包まれる。


 正面を向いて目を閉じる人物、海辺の馬、森の中の鹿、ときには卓上のスプーンただ一本……。描かれているものはとことん何気ないし、一つひとつの画面だってさほど大きくないのに、観る者の内側深くにある気分を浸透させる力は絶大。それが黒坂麻衣の絵画だ。





 東京日本橋のギャラリーYUKI-SIS(ユキシス)の「黒坂麻衣展 彼女が見ていた風景」展で、その作品群に浸ることができる。


日常の幸せな感覚をそのまま絵にできたら……


 黒坂麻衣の絵には、何か統一の大きなテーマがあるわけじゃなさそうだし、絵画史に則ったモチーフが選ばれているのでもない。ではいったいどこに眼を向け、何を描いているのか? 日々ふつうに生活しているなかで、だれもが目にして感じているはずだけど、つい見過ごしてしまうごくごく小さな幸福感。恐らくはそれを丹念にすくい上げようとしている。


 帰り道の夕焼けが思いのほかきれいだったとか、カフェで注文したホットケーキがびっくりするほどおいしそうだとか。または、目の前のカップの縁に光があたってピカッとしていて、その影になった部分の色のグラデーションの滑らかさに見入ってしまうとか。そういう小さきことがどうにも気になって、黒坂はそこに執着してしまう。この感覚をそのまま絵にできたら、との想いが湧いて、筆が手に取られることとなる。



 見定めたものをいかに描くかも、あらかじめ決まっているわけじゃない。まっしろい画面を前にして、ふわっと浮かんできたイメージを捉える。色だって、現実に近づけるつもりはとくになく、無意識に出てきた色が塗られていく。見たものをありのままに描こうという写実の意志はあまりないのだ。




 それよりも黒坂は、眠っているときの夢に出てくるような無意識のイメージに、いつもかたちを与えようとしてきた。



 目覚めているときの私たちは文字通り覚醒していて、自分の意識から逃れられないけれど、絵の中にならかろうじて、無意識を留めることができる。それを熱心に試みているのが、黒坂麻衣の絵画だ。



画家は急逝。絵だけが残った


 小さいころから絵を観たり描いたりするのが好きだった黒坂は、美大に進み油絵を学んだ。いったん就職するも2年ほどで退社し、集中的に絵を描きはじめる。個展などをおこなうと同時に、イラストレーションの仕事も多く手がけた。



 絵で表現することを生業にしてみると、どこにも正解なんてない、すべてを自分で決定していくことのたいへんさに直面したが、そこにまたおもしろさもあると気づき、描くことをたゆまず続けてきた。


 けれどその歩みは、昨年になって途絶えた。若くして帰らぬ人になったのだ。



 それでも絵は残った。遺作展となる今展で、ひとりのアーティストがたしかに見ていた風景を共有したい。




(山内 宏泰)

文春オンライン

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