ウクライナの戦火の中、動物を救う人がいる――『犬と戦争』山田あかね監督が強くした使命感「伝えなくては」

2025年2月22日(土)7時0分 マイナビニュース


●約500匹中222匹が死んだ「ボロディアンカの悲劇」
ロシアによるウクライナへの軍事侵攻開始から3年——映画『犬に名前をつける日』やフジテレビ『ザ・ノンフィクション』の「犬と猫の向こう側」「花子と先生の18年」などで知られる山田あかね監督が、現実を自分の目で確かめるため、現地での取材を重ねて撮りあげたドキュメンタリー映画『犬と戦争 ウクライナで私が見たこと』が公開された。
動物がひどい状況に置かれていると聞いて現場に向かい、「必ず命がけで動物たちを助けている人たちがいる」「そういう人たちが必ず現れるし、それを伝えなくてはと思う」と感じたという山田監督に、改めて強くした思いを聞いた。
○東日本大震災や能登半島地震での取材経験から気になった“戦地”
——ウクライナへの侵攻開始から約1カ月後に、取材のためにポーランドからウクライナに入国していたそうですが、そもそも『犬と戦争』を撮ろうと行動したきっかけを教えてください。
ロシアによるウクライナへの侵攻が始まり、私もみなさんと同じようにテレビやネットでいろんな映像や写真を見ていました。そのとき、瓦礫(がれき)の中で1匹の中型犬を抱えて逃げる人の写真を見たんです。それで改めて「戦争でも動物を抱えて一緒に逃げる人もいる」と思いました。
これまで東日本大震災後の福島の警戒区域や昨年1月の能登半島地震の被災地などにも行きました。そこには動物を助けたり、一緒に連れて逃げたりする人がいると同時に、どうしても置いて逃げざるを得なかった人たちがいました。では「戦地ではどうなるのか」と考えたとき、やはり連れて逃げる人が実際にいるんだと。その姿を見て、「自分で取材しなければ」と思ったんです。
——本編には冒頭から「ボロディアンカの悲劇」と呼ばれる衝撃的な映像が登場します。ロシアの侵攻によって、キーウ近郊の街・ボロディアンカにあるシェルターが1カ月以上にわたって放置され、収容されていた約500匹の犬たちのうち、222匹が死にました。監督は、国境で動物を救うために活動する人々や、「ボロディアンカの悲劇」から救出された犬の一部を引き取ったケンタウロス財団の取材中、救助に向かったボランティア(本編に登場する動物愛護団体「フボスタタ・バンダ」代表のオレーナとアナスタシア)が撮影した映像を目にすることになりました。
アナスタシアによってあの映像が撮られたのは4月2日。私がそのときケンタウロス財団の取材でポーランド国境にいたのが4月18日か19日でした。すぐにそこに行きたかった。「これは一体どういうことなの? ロシア軍が何かしたの? 誰のせいでこうなったの?」と。
しかしロシア軍が撤退し始めたのが3月31日頃で、まだそこに地雷がある中、そのときの私たちはウクライナ語の通訳も確保できていない状況でした。あまりに危険ですぐに行くことはかなわなかった。そのときは何も分からなくて、とにかく犬が死んでいて、ひどいという話だけ。でも、何がどうしてそうなったのか、やはり伝えたい。「行くしかない」と思いました。
○犠牲になった動物たちに約束「伝えておくから」
——その後、実際に現場に行かれました。
私が実際に行けたのは1年後くらいなので、犬の遺体があるわけではないし、シェルターの中も片付けられていました。とはいえ、「ここでたくさんの犬が死んだ」という空気は感じました。だいぶ片付けられてはいるんですけど、逃げたくて窓をガリガリ削った跡とか、必死に土を掘って外に出ようとした跡が微妙に残ってるんです。
閉じ込められてご飯がなくて、つらかったろうなというのが伝わってきました。衝撃を受けましたし、本当にかわいそうだと思いました。それに、そこはとにかく広大な敷地を持った施設だったので、ドアさえ開けておいてくれれば、敷地内でどうにか生き延びられたのでは、どうして閉じ込めたままにしたのだろうという気持ちに、どうしてもなってしまいました。
——もともと日本からウクライナに向かったときには「ボロディアンカの悲劇」のことを知らなかったわけですが、結果的にその悲劇についても追うことになりました。
犠牲になった動物の姿を見ることになるのはつらいことだけれど、隠してなかったことにするより、死んでしまった彼らに「君たちが悔しい思いをして死んでいったことを、遠い日本で私はみんなに伝えておくから」と、シェルターに行ったときに約束したんです。
●「残りの人生を全部犬に懸けよう」元イギリス軍兵士との出会い
——多くの犬猫を救い続けている、元イギリス軍兵士のトム率いる動物救助隊「BREAKING THE CHAINS」に関する話も非常に印象的です。戦争で自分自身が重度のPTSDを患ったトムの「命を救うことは、戦うことよりずっと勇気のいる大切なことだと思います」という言葉は本当に刺さりました。
かっこいいですよね。なにしろ元兵士で、イラクやアフガニスタンで従事していた人が言うから余計に心に響きます。彼はロンドンの生まれで、おじいさんもお父さんも軍人の家で育って、中学を出てすぐ軍隊に入った。だから自分の一生は軍に入って敵を倒す、殺すことだと疑わず大人になった。
だけどあるとき、部屋から出られなくなって何もできなくなってしまった。何回も命を絶とうとするほどだったそうです。そうした彼を誰も救えなかった。人間ではダメだった。けれど、軍用犬の世話をしたら笑うことができた。彼は「自分の命を救ってもらった」と感じて、残りの人生を全部犬に懸けようと思ったと。それでイギリス軍にいた仲間と「BREAKING THE CHAINS」を作った。かっこいいなとすごく胸を打たれました。次は彼を追ったドキュメンタリーを撮りたいなと思うくらい魅力的な人です。
——本当ですね。しかし動物を救うという目的があるとはいえ、自分自身がかつて精神を病んだ前線に出ていくのは相当キツいのでは。
殺しにいくのと救いに行くのでは違うらしいんです。以前は殺しに行っていた場所に、今度は犬猫を救いに行っている。それは精神のありようが違うみたいです。
○あらがって命がけで動物たちを助けている人たちが必ずいる
——ロシアの侵攻から3年です。こんなに長引くとは正直思っていませんでした。
大きな歴史の中で、ロシアがウクライナに侵攻したということは残るだろうけれど、その中で動物がどうだった、何が起こったかということはおそらく残らないし、忘れ去られてしまうかもしれない。でも現実にはたくさんの動物が犠牲になっていたり、それでも助けようとした人がいた。そのことを知ってほしい。それも彼らなりのレジスタンス(抵抗運動)、ひとつの反戦につながればいいなと思っています。この映画も、戦争が起こるとこういうことが起きてしまうんだということを知っていただくためのひとつの手段になる。
——今回、長きにわたる取材の上で本編を完成させて、改めて山田さん自身が強くした思いを教えてください。
最初に動物愛護について撮ろうと思ったときのことをさかのぼって考えてみると、日本には殺処分が多くて、「どうして犬を殺すんだ」「殺しているのはどんな人たちなんだ」という悪い部分に目を向けてスタートしました。その後の被災地や、今回の戦争にしても、動物がひどい目に遭っている。その状況には何があるのかを、ある意味多少告発するような気持ちで取材に行くんです。最初は。でもいざ足を運んでみると、そこには必ず命がけで動物たちを助けている人たちがいる。福島のときもそうだったし、能登半島のときも、今回もそう。
とても献身的で、たくましくて優しくて人間的にも魅力的な人が多いから、彼らを撮ろうと気持ちが変わるんです。「なぜこうなったんだ!」と悪い部分を暴いてやろうというより、そうした状況にもかかわらず、あらがって頑張る人たちを撮ろう。「人類捨てたもんじゃない!」という気持ちに変わる。
誰が悪かったのかと追及するメディアはたくさんあるかもしれないけれど、自分は「でも頑張っている人がいます」ということを撮るほうが好きだなと。自分の利益とか関係なく、何なら犠牲になってもいいから動物を助けに行く人たちがいる。そういう人たちが必ず現れるし、それを伝えなくてはと思う。その思いを、今回も改めて強くしましたし、現実とともに、彼らの姿を知ってほしいと思っています。
●山田あかね東京都出身。テレビ制作会社勤務を経て、1990年よりフリーのテレビディレクターとして活動。ドキュメンタリー、教養番組、ドラマなど様々な映像作品で演出・脚本を手がけている。2010年、自身の書き下ろし小説を映画化した『すべては海になる』で映画初監督。東日本大震災で置き去りにされた動物を保護する人々への取材をきっかけに手掛けた監督2作目『犬に名前をつける日』(16年)は、国内外で評価され続けている。映画『犬部!』(21年)では脚本を務めた。2022年2月24日に起きたロシアによるウクライナ侵攻から約1カ月後、『犬と戦争』の取材を開始し、完成に至った。元保護犬の愛犬“ハル”と暮らす。
望月ふみ 70年代生まれのライター。ケーブルテレビガイド誌の編集を経てフリーランスに。映画系を軸にエンタメネタを執筆。現在はインタビュー取材が中心で月に20本ほど担当。もちろんコラム系も書きます。愛猫との時間が癒しで、家全体の猫部屋化が加速中。 この著者の記事一覧はこちら

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