「めちゃめちゃしゃべるチームは強い」酒井高徳が“異色のチーム”ヴィッセル神戸でやったこと

2月23日(日)12時0分 文春オンライン

酒井高徳が本音で語った「Jリーグと欧州のサッカー、何が違うのか」 から続く


 天皇杯、富士ゼロックススーパーカップを制したヴィッセル神戸で存在感を発揮している酒井高徳。ドイツからJリーグに復帰した28歳の本音に迫るインタビュー。3回目は日本とドイツのチームを知る酒井による組織論「強いチームはしゃべるチーム」。


◆◆◆


 Jリーグでプレーするようになって4ヶ月、考え方だけでなく自身のフィジカルにも変化があったのだそうだ。これは残念ながら、良い方向の変化ではない。試合中のプレスのかけ方、ボールの奪い方が変わったからなのだろう、瞬間的なスピード、クイックネスを求められるシーンが減ったのだという。結果的に、そのための筋力が減ってきたことを自覚しており、重点的なトレーニングをオフには行うのだという。日本には帰ってきたが、ドイツで磨かれた感覚も、フィジカルも失いたくはない。いつでも欧州で戦えるレベルをキープしたいと酒井は考えている。





「俺はめちゃめちゃしゃべってるから」


——HSVでの経験をへて、「自分のためにプレーするようになった」と言っていましたが、結局は神戸でもチームをまとめるようになりました。


「それは勝手にメディアがつくりあげた像ですよね(笑)。俺はキャプテンでもないし、チームをまとめてるという感覚ももちろん持っていない。ただ、これはJリーグもそうだし日本代表でも感じるけど、みんな口数が少ないんですよ。練習中や試合中にしゃべらない、そのために、ピンチだったり連携の不安を招いたりしている。俺がまとめている風に見えるのは、めちゃめちゃしゃべってるからだと思います。話したほうが、すっきりするだろうし、それでぶつかってもいいと思うんですよ。


 でも、俺は話してるだけでなくて、『今の感じでいい?』って味方に聞いてる時もあるんですよ。特によく左サイドで前後の関係にあった古橋亨梧には『守備の感じどう? 攻撃のパワー残ってる?』って試合中に聞きに行く。『ちょっと重いかな』って言われたら、『もっと前目にポジションとっていいよ。俺少し出て牽制するから』とか。そういう話し合いもあるんです」



——18年ロシアW杯を最後に日本代表を引退されましたが、代表チームも口数は少ないのですか?


「日本代表では、昔の方が言い合ってましたね。とくに2010年の南アW杯のときは、若手がうるさくて、上とも共通理解を持ってよく話し合っていました。上の世代では(田中マルクス)闘莉王さん、(中澤)佑二さんと、楢崎正剛さんとかがすごく話してくれましたね。(試合には出られないが練習をともに行う)サポートメンバーとして参加したあの南アW杯の1ヶ月は一生忘れられないです。ほんと、ピリピリ感と緊張感がすごくて、これが代表なんだと思いました。めちゃめちゃ財産になりました。懐かしいな」



最近の日本代表はしゃべっているか


——最近の代表はどうでしたか?


「俺がいた最後の代表はロシアW杯のチームでしたけど、本田圭佑くんとかオカちゃん(岡崎慎司)、(長友)佑都くん、ハセさん(長谷部誠)あたりがしゃべるから締まるところは締まるんです。でも、若い選手が多くなってきて、しゃべらない雰囲気がちょっとずつできていると数年前から感じていて、川島永嗣さんにも個人的に伝えました。試合に出てる、出てないは関係なくて、代表のピリピリ感はもったほうがいいと思いますって。ハリル(ハリルホジッチ元日本代表監督)さん時代ですが、球際球際って口では言うけど、実際は練習では甘かったり。もっと球際行かなきゃだめでしょって思ってるのを、誰もあんまり言わなかったりというのはありました」


——チーム状態がよくない時期はそうなるのですね。


「だと思いますねえ。そもそも何が良いか悪いか、強く本気で言える人って日本にはあんまりいないと感じています。代表では個別でハセさんが監督と話すくらいしかなかった。でも、これからの代表は、タクミ(南野拓実)とかリツ(堂安律)とか、久保(建英)くんとかは、自己主張も強い感じがするから、それがいい効果になるのかなと思います」



——神戸では、選手同士のコミュニケーションは変化していったのでしょうか?


「はい。時間とともにみんなすごく話すようになりました。3バックのセンターをやってる大崎玲央には『お前がしゃべらなきゃだめだし、押し上げてライン統率していかないと』と言ったんです。同じ最終ラインにはトーマス(フェルマーレン)がいますが、レオは英語ができるのでなおさらやらないと、と。しゃべるようになった後のレオの成長は著しかったですね。自分がリーダーだという自覚がでてきました。


 ヴィッセルには、もともと人に意見を言える選手が多かったのだと思いますけど、アンドレスとかルーカスとかがきて、萎縮というわけではないですが、様子を見ることが多くなったんでしょうね。俺が加入したときには、ちょっと遠慮している空気が見えたので、練習に入った瞬間に激しくボールを奪いにいったりする姿勢も見せました。最近は、だいぶ練習のレベルが上がってきてみんながガチガチやってるんで、怪我に気をつけろよって思ったりもしてます。


 でも、そもそも日本の選手はボールを取りに行き慣れてないんですよ。激しくいってボールを取るという技術が決して高くないんですよ。だからファウルになったり、相手を怪我させてしまうことがある。体から行かず足先だけで行くので、削ったり踏んだりがでてくる。ほんとに球際激しくいくなら体ごといくべきなのに、それがあんまり上手じゃないというのが正直ありますね」



——それもドイツで学んだことですね?


「はい。俺も最初は同じでした。最初は全然ボールを取りきれなかったし、当たられたらすぐ転んだし。でも、あえてぶつかりにいって、ボールを取りに行く感覚をアジャストしていきました。これだと行き過ぎ、これだと行けてない、これだと足先すぎ、これだと体で行き過ぎって、ちょっとずつ。もちろんそういうのって自分で気づいてこそですけど、若い選手には形は一応言ったりしますね。足先でいくなって。激しく行ってるのは分かるから続けて、ただ今度はファウルしないことを意識してみて、とか」


——先輩というよりも、コーチみたいですね。


「どうですかね。俺自身は努力して上がってきた人間だと思うんですけど、誰にでも変わるチャンスはあるし変われると思ってるんです。だからヒントはあげられるならあげたい。ただ俺もそこまで優しいわけじゃないので、取り組みが見えない場合は、なにも言わなくなる。でも、変わろうっていう選手がいたら、アドバイスさせてもらう。そのへんは自己責任だよって思ってます」



——ご自分の体験を踏まえ、若い選手には海外移籍についてどう話されています?


「行けるなら行けって言ってますよ。向こうでは若いということが評価されるから、行くなら早くと言っています」



——天皇杯の優勝は、ご自身のキャリアでも初のタイトルでしたね。試合後、メダルをわざわざジャージの上にかけてきたのがとっても印象的でした。


「もうね、嬉しすぎて(笑)。僕は、報われたって言いましたけど、HSVでの悲しい出来事があったり自分がどういうサッカー人生を歩んだらいいんだろうって葛藤したなかで、そんな思いを一気に晴らしてくれる優勝でした。移籍してきてよかったと、まわりにも自分にも証明になるし、子供達にひとつ自慢できるものができました。『パパ忙しかったけど優勝したよ』って言える。


 ただ、全てはここから。天皇杯勝ったけど、Jリーグはダメでは意味がないです。関係者もファンも、ACLもJもタイトルを、と言い始めてますけどまだ早いです。僕たちはまだまだ未完成で、これからも神戸がやることはコツコツ一つずつ、なんです。アンドレスが大きな目標を口にするのは良いんですよ。もうなんでも獲得してきた選手だから。でも俺らはしっかりJリーグも、ルヴァン杯も天皇杯も、ACLも全力を出し切る。全力を出し切ることが当たり前にできるようになって、初めて優勝を口にできると思います。勘違いしないようにキャンプから周りにも言っていきたいですね」


撮影協力: LP BASE (酒井高徳が東京でトレーニングしている施設)


撮影/三宅史郎



(了戒 美子)

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